いい仕事をしたかったら、自分でやることだ

Side B

6/2 (木)放課後

 私がSF研の部室でハルヒの気分を盛り上げようと計画を練っていると、私以外のみんなは示し合わせたように「急用が出来た」と言って帰って行った。私は妄想が盛り上がっていたため、下校時刻まで計画を練ることにした。そんな時、


コンコン


 と、ドアがノックされる。「はい、どうぞ」と答えると「失礼します」と、大人びた声がした。入ってきたのは…

「佐々木さん。お久しぶりです」

 大人の女性。ものすごいグラマラス。でも、雰囲気が……

「あの、もしかして、朝比奈さんのお姉さん、ですか?」

「いいえ、私は朝比奈みくる本人です。今隣に居る彼女よりも未来から来ました」

 ……え? ええぇ!?

「驚かせてごめんなさい。でも、この方が良いと思ったの。近い時間平面からだと、本人たちも互いに影響力が強すぎて、異変を感じてしまうようだからね」

 ???

 それから、頭が落ち着くまで少しかかり、良く分からないまま「分かりました」とか言っちゃって、どうにか和ませた。


「えーと、あの、それで、なんで今日ここに?」

「実はあなたにお願いがあってきました」

「な、なんでしょう?」

 すると朝比奈さんはペコリと頭を下げた。

「まず最初に謝っておきます。ごめんなさい」

 な、なんのこと? どういうことなの?

 朝比奈さんは頭を上げて語り出した。

「お友達の望さん。彼女の大事なものが無くなったでしょう?」

「ええ、そうみたいです」

「実は、それはここにあるの」

 そう言って朝比奈さんは、近くに置いたショルダーバッグから袋を取り出した。

「そ、それは……」

「つまり、盗んだのは私。酷い事をしたわ。大切な友達なのに……」

 う、うん。でも、すごく落ち込んでる。本音、だね……

「えーと、その上であなたにお願いがあります」

「なんでしょう? えーと、私も宣言します。やります!」

 朝比奈さんはくすっと笑って

「ありがとう。じゃあ言いますね。私と時間遡行してください。三日前に」


 朝比奈さんのお願いと言うのは、こんな感じ。

 朝比奈さんと一緒に三日前に時間遡行し、その時間平面にあるこの街に、『ウィル・ロック』を隠してほしい、ということだった。

 「そして、これをお願いします」と言ってメモ用紙を渡された。ちょっとくしゃくしゃになっている。この字、見覚えがあるような……


         揺らして回る  意志の石は


         七つ目の音に  助けられ


        十二の入れ子の  奔流を


         回りながらも  滑り行く


         繰り返される  旋律は


         重さと速さを  極めんと


          固い岩をも  巻き込んで


           重き鋼と  化すであろう


 こ、これは……?

 朝比奈さんによると、渡すものはそれのみ。隠す場所、隠す方法は全部私の思う通りにして欲しい。そして、これは誰かに見つけてもらう事が目的だけど、手掛かりやメッセージなども無い方が良いと思ったら、何の仕掛けもしなくて良い、とのこと。

 強引なやり方でも構わない。後の処理は私達が責任をもって行う。そして、この『ウィル・ロック』は私が必ず上杉望に返す、と言っていた。うん信じるよ。


「えーと、時間遡行ってどうすれば良いんですか?」

「佐々木さんは難しく考えなくても大丈夫です。でも、その前に上履きをこの袋に入れてください」

 そう言って朝比奈さんは袋を差し出す。私は受け取りそれに上靴を入れ朝比奈さんに渡す。朝比奈さんも自分のスリッパを袋に入れると、それをショルダーバッグに入れた。そしてショルダーバッグからは新品の外履きを取り出し、私に履くように言った。ふむ、まあ、新品なら床も汚れないよね。

「はい、えーと、五時ですね。では、目を閉じて、手を前に出してください」

私は返事をして、言う通りにした。朝比奈さんの手が私の手に重なり……


5/30(月)

「はい、目を開けてください」

……うん? 今ので終わり? もう着いたの?

 目を開けると、さっきと同じSF研の部室。でも光の感じが違う。今は……朝?

 朝比奈さんが手を離して言った。

「今は朝の八時です。この時間が丁度いいと思ったので。でも、あなたが望めば、今日の何時にでも行くことは出来ます。必要になったら言ってくださいね」

 ふーん、そんな便利な力使ってもらって良いのかな? まあ、今だけなら、ね。

「えーと、それで『ウィル・ロック』ですけど。本当に私の思う通りにして良いんですか?」

「はい。お願いします」

 それなら、最初の一つは心当たりがある。ちょっと言い方が変だけどね。


 私はお隣にお邪魔した。誰もいない。それはそうだよね。そして本棚を見る。長門さんが持ち込むものが多くなってしまい。本だけにとどまらず様々なものが溢れている。どうも、灯や望さんの私物も混ざっているように見えるけど……

 まあ、それはそれとして、この前見た時気になっていたけど、結局私がやったことだったとは……

 本棚の一角に『ウィル・ロック』を置き、その前にいろいろ並べていく。


 太陽の簒奪者

 月は無慈悲な夜の女王

 火星年代記

 オペラ座の夜 [CD]

 2001年宇宙の旅 [DVD]

 人形つかい

 2001年宇宙の旅


 しかし、自分でやってみると心配だよ。こんなのに気付く人いるのかなぁ。私しかいないんじゃないだろうか……

 でも、私がこれを見たってことは、こうしておかないと…… 良く分からなくなってきた。

「あの、これで良いんでしょうか……?」

「朝比奈さんは優しい笑顔で頷いた。

「はい。大丈夫です。ありがとう」

 うーん? まあ、いいか。えーと次はどうしようかな…… お!


「あの、朝比奈さん。ちょっとお願いがあります」

「何でも言って。私は協力しますよ」

 そして、説明すると朝比奈さんは「任せてください」と言ってくれた。


 私達は図書館に向かい、日本の小説のコーナーへ。そこで『月の影、影の海』上巻を手に取る。それにしても、シリーズ全部そろってるよ。ありがたいね。

 そして、その裏に『ウィル・ロック』を置く。そりゃ、どうにかしてくれると信じてるけど、ちょっとドキドキするよね。見つかったら絶対怒られるし。

 そしてカウンターで本を借りようとしたら、気付いた。カバンを置いてきちゃったから、財布の中に入っている図書館のカードが無い。どうしようかと思って朝比奈さんを見る。優しい微笑み……

「あの、朝比奈さんはこの図書館の貸し出しカードとか持ってます?」

「はい。持っていますよ」

「それを使わせてもらって良いですか?」

「はい、良いですよ。どうぞ」

 そういって差し出される。へえ、色々な時代での活動に備えてるんだなぁ。


 本を借りて、返却期限の書かれた紙を朝比奈さんに渡した。

 朝比奈さんに、これを文芸部室の本棚に置いてほしい、と頼んだ。今から行くと誰かに見つかってしまいそうだからね。

 朝比奈さんは、「ちょっと待ってて」というと、外へ出て行き、五分くらいで戻って来た。

「あなたの望み通りにしました。ご心配なく」

 朝比奈さんは妖艶な雰囲気で答えた。うーん、変な気分になりそう。


 さて、次はどうしようか…… ただ、ここまで歩いて思ったけど、良く分からないまま、あっちこっち歩くのは相当疲れるよね。ちょっと近くにまとめた方がいいんじゃないかな?

 そう思って朝比奈さんに聞くと、「あなたの思った通りにしてください」と答えた。うーん、じゃあ、良いってことなのかな?


 そして私達は、光陽園駅前公園に来た。

 地面に埋めようと思ったけど、スコップを持っていなかった。私が朝比奈さんにスコップを用意できないか? と聞くと。「出来ます」と答え、何処からともなくスコップを取り出し、私に手渡した。えーと……?

 とにかく作業へ。まず、こうする。

 滑り台の近くに三つめの『ウィル・ロック』を埋める。そして滑り台を携帯電話のカメラで撮影し、そのデータを朝比奈さんに渡す。すると渡した傍から朝比奈さんがプリントアウトされた写真を渡してくれた。い、いったい、これは……まあ、とにかくそれに印をつけて、さっきの図書館に隠した『ウィル・ロック』に貼り付けてもらうよう頼んだ。


 そして、次はシーソーに向かった。あのギッタンバッコンが繰り返される旋律に……なるかなぁ? まあ、近場だとこれが丁度いいと思うんだよね。重い方が速く落ちる、ということにも……なるかなぁ?

 四つ目を近くに埋める。さっきと同じように写真をとって、写真をもらう。

えーと…… これをさっき埋めた滑り台の下に一緒に入れれば良いんだけど……もし、これも頼んだらどうなるんだろう? やって貰えるんだろうか?

 朝比奈さんは、笑顔のまま私の言葉を待っている。「あなたが望むならどうぞ言ってください」と聞こえるようだ。そして……

「あの…… さっきの所に埋めてきます!」と言って私は滑り台に向かった。


 全部用意されているけど、私が言葉にしたり、動かないとダメってこと? うむむ……


 えーと……最後の一つ、どうしようかなぁ…… ん!

 私は朝比奈さんを見て

「あの、朝比奈さんを信じますね」

 と言った。朝比奈さんは私を真っすぐ見つめて頷いた。まあ、私の考えも曖昧だったから、成り行きも曖昧になってしまうかも……


 最後のウィル・ロックを持って駅前にあるコインロッカーにやって来た。都合よく六番のロッカーが使える。その中に五つ目を入れた。

 お金を入れて鍵を取り、鍵の番号の下に"66"と書いた紙を貼った。ロッカーの番号の下にも貼る。

 それから光陽園駅前公園に取って返し、さっき四つ目を埋めたところを掘り返した。その下にロッカーの鍵を入れて、その上に小さく切ったダンボールを敷いた。ダンボールには私が描いたイラストと文字がある。

 灯の顔をデフォルメで描いて、吹き出しに


 "Machine Head, Strange Kind of Woman"


 と書き込んだ。

 ごめんね、灯。ちょっと急だったから、他に思いつかなくて。それに私がやったってことをちょっとだけ残しておきたかったんだ。


 四つ目をその上に乗せて、さっきと同じ状態にする。よし、出来た。


「あの、出来ました。これで良いんですか?」

「はい。バッチリです。さすがね」

 うーん。また褒められてしまった。ほっぺたが上がるのを隠せない……

「じゃあ、帰りましょう。えーと、靴を脱いでこれに入れてください」

 朝比奈さんは、私達の上靴が入っているショルダーバッグを開け、ビニール袋をくれる。私達はそれに靴を入れて靴下で立っている。

「じゃあ、目を閉じ下さい」

 私は目を閉じる。すると朝比奈さんが私の手を取った。


6/2(木)

「はい。もう目を開けて大丈夫です」

「うん……」

 目を開けると、私は見慣れた部屋に居た。SF研の部室……そうか、戻ってきたんだ。

「あっ、靴…… そ、そうか、そのために……」

 私はショルダーバッグに閉まった靴の事を思い出す。さすがだね。きっと何度もこういう事を繰り返しているんだろう。

「えーと、午後五時一分、大丈夫。任務完了。ふう、やっぱり緊張するわね」

 なるほど、帰ってくるまでが任務です、と?

「ごめんね、佐々木さん。ちょっと喉が渇いちゃったの。お茶を頂いてもいいかしら?」

「はい。いいですよ」

 そう言って私が淹れようとすると、朝比奈さんは自分で用意すると答えた。それにしても手慣れたものだ。望さんの配置したあれこれを、自分の部屋にあるもののように探し当て、しっかりと元の場所に戻し、お茶を二人分淹れてくれた。

「……! うまっ!」

 一口含むと、思わず叫んでしまった。朝比奈さんは私を見て笑う。そのまま十分ほど二人で過ごした。


 朝比奈さんは時計を見た後、窓の外へ視線を移す。誰かと話しているような感じだけど、何も聞こえない。

「うん。もう大丈夫ね。念のために学校を出る所まで私が送るわ。ルートも確認したし」

「何の事ですか?」

「えーと、出会ったり、戻ってきたことが分かると効果が弱まるかもしれなくてね……」

 ?? 分からなかったけど、私は朝比奈さんに連れられて学校を出て、そこで彼女とも別れた。またね、と言っていたから、きっとまた会えるよね。

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