曲がるのは自分自身

Side A

6月1日(水)昼

 何となく部室棟へ足が向いてしまった。何をするわけでもないのに。歩いていたら伊達と遭遇した。

「なにやら、気に食わない顔…… くっ、私には分からない」

「はは、ごめんな…… ところでそっちも疲れているみたいだな」

「そ、その通りでして……」

 伊達は両手を上にあげて伸びをした。サイボーグも肩凝るのか? どういう理由でその体になったんだか……

「うん? お前、眼鏡を変えたのか?」

 つるのデザインが珍しい形だ。それに左右で色が違う。赤と緑か。

「ええ、これはちょっと…… 友より託されし、友情の証でして」

 ……? 長門か?

「まあ、そうなのです。それはそうと、ここのところ、長門さんと猛特訓の毎日で、望さんとあまり顔を合わせていないのです。でも、今日の放課後は望さんと共に重要な仕事がありましてね。キョン殿、最近の望さんはどのようなご様子かご存知ですかな?」

「上杉さんなら、朝比奈さんと一緒に何かやってるみたいだな。お互いのための勉強会とか言ってた」

「勉強会?」

「さっき朝比奈さんから聞いた感じだと…… 上杉さんの集中力を高めるのに協力するから、そのデータを取らせてほしい。確かそんなのだ」

「……ほぉ」

「見たところ、結構疲れてるな、上杉さん。さっき中庭の蛇口の前で見かけた時、独り言をつぶやいてるのが耳に入ってきて」

「へぇ。どんな感じなのですかな?」

「確か…… 集中が加速して目の前の風景に幻影が見える。この薔薇が咲き誇る庭、きれいだけど、なんだか口の中が渇いてきちゃった。がぶぶぶ…… そんな感じ。結構危ないんじゃないか?」

「……加速……薔薇……口……!! なんたる猥褻! 偶然とはいえ、許すまじ!」

 ドゴッ!と音がして、俺の顎に拳が入る。

「がはっ! な、なんだ……??」

「はにゃぁぁぁ!」

 伊達は走って去って行った。

「あ、あいつら一体……」


 放課後のこと。

 俺はちょっと用事が出来た。今日はもう顔を出せないということをSIS弾に伝えに行こうと思い文芸部室の扉を開けると……佐々木?

「あ、キョン、お邪魔してます」

「ああ、それは、いいけど……お前だけか?」

「うん、そう……。その、ここからなら見つからないかなって思ったんだ」

 見つからないって……窓の外、その下に……長門か?

 ずいぶんと大きな荷物を背負った長門が見えた。気になってその姿を目で追いかけてみると、木陰に居た伊達と上杉さんにその荷物を渡した。伊達は長門を抱きしめて背中をバシバシ叩いている。長門は平気そうだが、痛いだろ、あれ。

 二人で首をかしげながら、その辺にしようと思った。お互いに、かな。

「うん? その本棚……」

「どうした?」

 佐々木は本棚をじっと見つめている。なんだ?

「いや、なんだかこう、気になって…… 気のせい、だよね……」

 そう言うと佐々木は出て行った。


 そして今、俺は教室に向かっていた。何故かというと、今朝下駄箱に手紙が入っていたからだ。


『放課後誰もいなくなったら、一年五組の教室に来て』


 そんな内容。

信じられなかった。悪戯だと思うのが、53%くらいだな。

 今なら誰もいないだろう。そう思い扉に手をかけると、体が固まった。


 一体…… なんだ…… 体が動かない……

 そして、俺の体は固まったまま、扉をすり抜け教室の中に吸い込まれた。

 その態勢のまま教室の中に立っている。目の前に誰かいる。お前は……

「やっとこの時が来たわね。ずいぶんと待たせてくれるじゃない」

 朝倉涼子…… 何なんだ、お前は? 今度は別の次元の怪人か?

「違うわ。私は、長門さんと同類よ。宇宙人っていうのはちょっと失礼じゃないかしら? この地球も宇宙なんだから、あなたと同類ってことになるじゃない」

 長門と…… それは、どういう……

「わたしは…… 長門さんのサポート役。それに徹する、その筈だった。でもね、あの女が変えてしまった。長門さんを。そして、私を」

 あの女って、まさか……

「観測すべき対象『涼宮ハルヒ』。ただそれのみを追う日々。それで良かった。それに関してのみ競っていればよかった。でも、あの女は、気付いた」

 何に、だ……?

「私の手が震えていることに。誰にも気づかれる筈の無いもの。長門さんにすら気付かれなかったものを…… あの、あの人間の女は……」

 やめ、ろ……

「私の震えに気付き、私を心配した…… 許せなかった…… そして……そして……見抜いたのよ……気付いたのよ、私の不具合に……!」

 もう、や……め……

「それから私は変わってしまった。何もかもが…… こんな事があっていい筈が無い! だから、私はあの女を苦しませてやるの……だから、あなたを殺す……!」

 ……うっ……


 もうダメだ、と思った時に、体が一気に楽になり、気付けばいつも通りに動くことが出来た。目の前に、朝倉涼子が倒れている。その後ろに……長門?

「備えはしていたが、ここまで周囲が見えなくなるとは…… 予想外……もしかすると……」

 そう言っているうちに、倒れていた朝倉涼子が細かい光の粒になって消えていった。

「な、ながと、か……」

「そう」

 眼鏡が無いから、ちょっと別人に見えた。一体何があったのか聞きたいが、舌がうまく回らない。

「きっと大丈夫。何にしても今の我々に出来ることは無い。とにかく体を休めること」

 長門は俺を支えて教室から歩き出す。まったく、役割が逆だよな。誰かとすれ違った気がするが、良く見えなかった。

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