涙を流す気持ちが解ったなら、地獄から出ようぜ、ベイビー!

Side B

 ハルヒから引き離され、そのまま引っ張られて行くと、最近来ることが多い自動販売機の傍のベンチにたどり着いた。そこで彼女は私の手を離した。

「あ、あの…… まさか、あなた、サイボーグ?」

「違います。死を恐れていないだけです。 ……うーん、さすがにかみ合いませんね……」

 なんだか、今までと雰囲気がガラッと変わった。声の感じも底抜けに明るい。私を見る顔がにぱっとはじけた。

「その通りです。私はサイボーグなのです! あなたにたどり着こうと、あちこちの学校に編入や転校を繰り返していたところ、なんとあなたの方から来て下さるとは! さすがです! 感激です! 一生ついて行きます。マイ・マスター!!」

 何だろう…… また何か来ちゃった。だんだん感覚が短くなっているような……

 いや、それよりも、私がマスター? 今度は何なの?

「えーと、私は佐々木真実です。私で合っている?」

「もちろんですとも! あなたを追ってきたのです。実際会ってわかりました。その歩き方。呼吸の仕方。目の動き。すべてが本物であると示している!」

 そして、何かに気付き頭を掻きながら私に言った。

「伊達灯(だて あかり)と申します。 よろしくお願いいたします!」

「あ、あの…… サイボーグという証明はできるの? っていっても、どうすればいいのか……」

「おお、そうでした。ちょうど人目も無い事だし」

 そう言って彼女は膝を曲げてしゃがんだ。と思うとそのまま、ジャンプした。5mくらい上まで。

「ふう、ちょっと加減が足りませんでしたかな? ここ最近、力を使う必要もなかったものでして……」

 その後、彼女はこう語った。


「私は、科学の追求を求める一派が世界を巡りながら知識を蓄え、その末に生まれた者です。あ、この体はちゃんと自分の意思で選択しましたよ。


 私の所属する組織は『オベリスク』と言います。一応、株式会社です。中小です。あの、カムフラージュのためですよ。本当に。


 起源は、最後の魔術師、アイザック・ニュートンからと言われていますが、はっきりしておりません。それよりも前かもしれないし、最近なのかもしれない。つまり良く分からないのです。お恥ずかしい。


 哲学や宗教、その他の影響を受けつつ、人と人工物の融和を図ったその一派は、世界のあらゆる分野に根を張って、自らの力を突き詰めることを目的としています。つまり、良い製品をより良く、お手ごろな値段で提供するという事です。


 我々はずっとある存在を待っていました。研究の結果、ある時点で人間の遺伝子や知識の体系などが収束し、我々にとって強烈なインパクトとなって現れる。その存在こそ、我らを次なるレベルへと導くであろうと。


 それで、まあ、いろいろな『機関』とか『組織』とかの力を借りまして、情報を集めていったのです。そして私は、現れる可能性が高く、私との親和性が高い学校を回っていたのです。詳しくは言えないのですが、現在サイボーグは結構存在するのですよ!


 えー、つまり、あなたこそが、私達を導く存在なのです。あ、だからって何か特別なことをする必要はないのですよ。マスターが行う一挙手一投足を観察すればそれ自体がすばらしい知識体系となるのです」


 なんだか、もう…… そんなに持ち上げられると、ちょっと気持ち悪くなっちゃうよ。

 うん、でも、私に友達が出来るのは嬉しいよ。だから伊達さんをSAS団に入れよう。

「うん、分かった。よろしく、伊達さん」

「よろしくお願いいたします! そして、そんな堅苦しい呼び方はやめてどうぞ『あかりちゃん』とお呼びください! いやむしろ、『アーカーリ』とか『メッカリーン』とか『独眼竜あかり』とかそんな感じのも――」

「えーと、灯と呼ぶね」

 そして、放課後にSF研の部室に案内したんだ。結城さんを見るなり、表情が強張り、「まさか、借りも二つ集まったとは……」と言っていた。

 お茶を飲みながら過ごしていると、ドアがノックされ、「ちょっといいか?」と言ってキョンが入ってきた。



 翌日の放課後、SIS弾とSAS団は、三度ティータイムを過ごしていた。

 望さんは朝比奈さんと何かを競っているらしく、とても仲良く騒いでいる。そして初対面のはずの灯と長門さんも何だか話し込んでいる。


 さっき、灯を連れてSIS弾の部室に入ろうとした際、ちょうど正面からやってきた長門さんを見て、灯は固まった。

「ぬうぅ!?」「……」

 長門さんも固まった。二人は黙ったまま視線をぶつけ合っていた。

「……っく」「……---」

 なんだか視線がぶつかっている空間が歪んでいるように見える。

「……っごぉ」「……f(x)=x^2」

「……ぅぬがぁ」「……(λf)[f(f(x)]g」

「がはっ」

 灯はへなへなと崩れ落ち膝を着いた。

「ま、負けた……」

 長門さんも、すこしふらついたようだった。

「あなたも……なかなか……やる……」

 その後二人は固く握手を交わした。まるで筋肉自慢の二人が、出会った瞬間に友と認め合ったようだね。一体、何だったんだろう?

 そのまま、ティータイムまで続いている。あの一瞬で仲良くなってしまったようだ。


 結城さんは古泉君となにやら不敵な笑みを浮かべながら語り合っている。なんだか似た者同士に見える。まあ、いろいろうまくやっていけそうだね。

 ハルヒは……なんだか退屈そうだね。でも、時々朝比奈さんを触りに行ったり、長門さんと一緒に灯を羽交い絞めにしたり…… どうなんだろう、これ?

 そんな時、キョンが古泉君に声をかけ、少し出てくる、と言って部屋から出ていった。うん、そうかな、最後のピースが彼。でも、きっと、まだまだある。


 私は、ハルヒに声をかけ、外へ行こう、と言った。みんなに断りを入れて、私たちも部屋から出た。渡り廊下が見える木陰で座りながらしばらく黙っていると、ハルヒが話し始めた。


「ねえ、マコト。私、あなたに負けてる」

「え!? 何言ってるの?」

 心底驚いた。

「私一人じゃ、こんなに楽しくなれなかった。私一人じゃ、有希もみくるちゃんも古泉君も見つけられなかった。全部あなたが居たからなのよ。私はずっと一人で戦ってるつもりだった。でも、仲間が出来た。それはすごく嬉しいの。でもね、私はまだ何にも出来ていない。それが、すごく、くやしい……」

「そんな……」

 それは私のセリフだよ。私のなんだよ。何もできていないのは、私で……


 それから、ハルヒはしばらく落ち込んでいたようだ。私も何だか落ち込んで……


 ドクン! と心臓が脈打った。

 私は、これを知っている。この感覚を。こんなに強烈なのは久々だ。

 喉に何かが引っかかるようだ。咳をする。ハルヒも咳をした。

 私は喉に感じるものを吐き出そうとする。そして、何だか楽になった。

 右の耳が痒くなる。ハルヒが右の耳を引っ掻いている。

 右手の中指に蚊が止まっているような感じがして、左手で擦る。ハルヒも擦った。

 そして一気に何かが流れ込む。これは……まずい……だめだ……


 気付くと、私は走り出していた。どこかへ、どこかへ行かなくっちゃ……


 私は、立っている。どこかに、立っている。目に映る世界は灰色、遠くに何か大きなものが見える。あれは何だろう……

 よく見ると、人々が歩いていた。なんだ、いつもの、場所か……

 いや、違う。ここは、私の世界じゃない。ここは、どこ?


 頭が熱くなる。いや冷たくなっているのか……

 声が響く。それとも私が声を出しているのか?

 耳を塞ぎながら叫んでいる姿? あんなのは、いやだ……


 この世界の人々が何の疑問も抱かずにやってきたこと。

 それが、いつの間にか恐ろしいものを大きく育てた。


 世界は回り、大勢が火傷を負う。

 だが、誰も責められない。


 人の業は決して消えない。全ては大地や水や風に刻まれている。

 そこから新たな命が生まれる。それは一体何か。


 私に何かが集まり、何かを吐き出す。

 私の復讐心が産み落とすもの、それは……

 私の血、私の命、私の死。

 ばい菌がいっぱいだ。それが全てを汚し尽くす。

 ありとあらゆるものに浸透し、私の恨みを刻み付ける。

 

 私は、力も、手段も、理由も持っている。

 あとはやるだけ。では、なぜやらない?


 私を押しとどめているものは?


<あの日、胸に灯った永遠の炎>

<ならば、灼熱の人よ、今立ち上がれ>


「はっ!!」

 私は地面に座り込んでいたようだ。辺りは何処かのいつもの景色。さっきのは一体……

 汗びっしょりだった。そしてガクガク震えている。

「……つながりが、出来たか……これもきっと、試練だよね……」

 乗り越えられる試練しか与えない、だったかな…… 信じるよ。そうやってここまで来たんだから。

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