君あるいは君のメンバーが、堕落しても勤勉でも当局は一切関知しない
Side B
文芸部室から出て、扉を閉める。体中の空気が一気に抜けるような溜息をついてしまった。
そりゃまあ、私が出遅れたのはあるけど、もう部員がいて、キョンもとられるなんて…… 私はどうすればいいんだろう。十秒ほどしてから、息を吸い込み肺を満たす。じっくり吐き出して、頭をからっぽに。さて、私も部員を探そう。そう思って歩き始める。二歩目を踏み出した時だった。
「ちょっといいかな?」
「はい?」
文芸部室の隣の部屋。その扉が開き、その中から誰かが私を呼んだ。
「あの…… 私ですか?」
「そう。お前だ。ちょっと来てくれないか?」
えーと…… 何だこれ? どうしよう? もしかして部活の勧誘? 部室のプレートは『SF研究会』となっている。……行こう。
「お、お邪魔します」
「来てくれてありがとうな。不躾だと思ったが、お前にはこれが効果的だと思ってね」
部室の中に居た人物は、そう言いながらパイプ椅子を置き、座ってくださいという仕草をした。
「自己紹介しよう。俺は結城鎧(ゆうき がい)。2年生で、このSF研究会の代表だ」
「あ、ど、どうも。佐々木真実です」
私も挨拶する。
「佐々木真実。現在15歳。珠算能力検定1級、漢字能力検定1級、英語検定2級取得。その年齢で大したもんだ」
え、え、え?
「合唱コンクールに出場経験あり。ピアノも弾ける。あまり習っていないにも関わらず。おそらく絶対音感有り」
え、ええ、えええ?
「中学の2年と3年は皆勤賞。成績はトップ。体育は苦手。観察眼と洞察力にずば抜けた素質有り。カンフー映画を観た後に語った俳優の動きと心情についての考察は、重要な研究対象となっている」
へ? は? ほへぇ?
「驚かせてすまない。初めに言っておいた方が信用してもらえると思ったんだ」
な、なんのこと? いや、そうじゃなくて、何で私の事を? 何でそんな昔の事を知ってるの? ???
「君は世界にとって非常に重要な人間なんだ。つまり、護衛の対象であり、研究対象だ。すまないことだとは思うが。そして俺は、その両方の仕事を任されたエージェント。まあ、言ってみればスパイだな」
「す、ス、スパイ……?」
何だか頭から湯気が出ているようだった。それを察してくれたのか、結城さんはしばらく黙っていた。私は座りながら、壁を見たり天井を見たり、窓の外を見たりして頭と心を落ち着かせた。
「えーと…… その、私はどんな研究対象なんですか?」
「基本的に、お隣と同じだ」
「隣?」
「涼宮ハルヒ、だな」
「ほ、ほおぉ…… つまり、どんな?」
「お前たち二人には、『不思議な力』がある、ということだな」
そこから結城さんが語ったことは、突拍子もない事ばかり。だけど、どこか受け入れることが出来た。おそらくそれは、何処かで私が考えていたからじゃないだろうか…… 内容はこんな感じかな。
世界に溢れる情報。それと共に進化する諜報ネットワーク。暗躍するエージェント達。国、地域、勢力、何らかの小規模な組織。それぞれがそれぞれの為に力を尽くし、どこかで戦う。それが続いていくはずだと思って日々の活動を続ける。どこか諦めもあった。
だが、およそ三年前のこと。世界各地でほぼ同時に、何かに気付く者達が現れた。
気付いた事とは、自分たちの活動が、何らかの『意思』によって動かされ、自分たちは気付かぬままその『意思』のために動き、働いていた、ということだ。
それに気づいた世界中のエージェント達は、敵味方の区別なくコンタクトを取り、協力することを誓い、自分たちの組織を立ち上げた。名前は決めておらず、『組織』とだけ呼んでいるそうだ。
そして、その『意思』を生み出しているのが、私、佐々木真実だという。
結城さんは、私の護衛と調査に当たるため、およそ3年みっちりとスパイの技術を仕込まれ、今日まで私が来るのを待っていた、と言う。この後はどうするかは決めていないそうだ。私が好きなように動くのを観察し、報告する。ただ、それだけ。
ただ、ここに来て一つ、無視できない大きな波が来ているそうだ。それが涼宮ハルヒ。『組織』は、彼女も『意思』の発生源なのではなかろうか、と見ている状況らしい。
「と、言うわけだ。お詫びにはならないが、この部室を提供しよう。SF研究会と俺も好きに使ってもらって構わない」
「そ、そんなこと言われても……」
そんなわけで、私は部室と同好会と部員を手に入れてしまった。何でこんなにあっさりと? その時予鈴が鳴った。戻らなくちゃ。そう思って、立ち上がった時だった。
「ところで、それ、ずいぶんと器用だな。会話をしながら足で伝えるとは。俺の仲間にも、そこまでできる奴なんていないぞ」
??? 何のこと?
「……自覚が無いのか? だとしたら本当に…… えーと、足は大丈夫か?」
「足? ああ、なんか結構動かしちゃったみたいだね。お恥ずかしい」
そう言って私は、足を動かす。その場で足踏みや、上履きの裏をこすってみたり。何だか気になって、少し長めにやってしまった。うん大丈夫。
「あ、戻らなきゃ。あの、とにかく、ありがとう。これからよろしくお願いします」
私はSF研究会から飛び出して行った。
その日は頭の整理がつかず、放課後は部室には寄らずに帰った。
次の日、これからのことを少し考えようと、落ち着ける場所を探す。ベンチの傍の自動販売機へ向かうと、同じような雰囲気を醸し出している顔が目に入った。
「よう、佐々木。大丈夫か? 宇宙人にでもさらわれたか?」
「いや、そんなことは……」
私たちはコーヒーを買って傍のベンチに腰掛けた。コーヒーをすすりながらキョンは呟く。
「そういえばあいつ…… お前に話すな、とは言ってなかったな……」
「うん?」
「なあ、佐々木。俺は今からおかしなことを言う。ものすごく変なことだ。でも、信じて欲しいんだ。頼む」
「うん。信じるよ」
そしてキョンは語った。長門有希のこと。宇宙人、情報統合思念体の事。ちょっと前なら疑ったと思うけど、今の私は、疑うことなく信じてしまった。全てを。
「どうだ? 信じられないだろ? て言うか、信じるわけないよな。俺も言うべきじゃなかったんだろう。ごめんな、ちょっと歩いて気分を――」
「待って」
「?」
「私の話も聞いて」
「ああ……」
そして私は語った。昨日のこと。結城さんとスパイの話。語り終わると、キョンの表情はこわばっていた。
「なあ…… いったい、どういう事なんだ? なんで、こんなことが……?」
「わからない……」
私達はお互いに酷い顔をしていたんじゃないかな? でも、わかる。すごく良い顔なんだよね。きっと。
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