普通の人間も、なかなかやるもの

Side A

 俺は閉められた扉を見た。

 自分の部活を、作るだって? あいつが?

 いや、おかしくない。いいんだ。なら、俺はあいつと……

「ちょっと、キョン! こっちを見なさい!」

 自分のやっている事の偉大さを誇らしげに語る涼宮ハルヒ。だが、俺の心は今この場から離れてしまった。地に足がつかない。ハルヒが語る言葉が耳に入ってこない。

「ああ…… そうだな…… 何を言ってるんだ…… お前は…… 無茶苦茶…… だぜ……」


 気が付くと、俺は文芸部室で椅子に座っていた。ハルヒはどこかへ行ってしまったようだ。何をやってるんだ、俺は……

「聞いて」

 目の前に長門有希が立っていた。

「ああ、すまないな。なんだかぼーっとしちまって。長門さんにも大変な事だってのに」

「やはり、彼女も本物。そして未知の存在」

 何だって?

「私の予測が大きく外れた。何より、関わりを持つことが許されないはずの私が動いてしまった。見方にもよるが、これは異常事態」

 何だか難しい事を言ってる。というか電波じゃないか? ハルヒの毒気が長門さんを害してしまったか?

「私に何らかの因子が植えつけられ、芽吹いた。にも関わらず、情報統合思念体からは何の変化も感じられない。通信可能、反応確認、接続維持、現状の指令に変更無し、異常無し、おかしい……」

 俺もおかしい。長門さんも? ところでさっきから出ている言葉は何語?

「あなたに伝えることにする。今夜午後七時、光陽園駅前公園に来て」

 そういうと、長門さんは本のしおりを俺に渡した。裏には今言った言葉がそのまま書かれている。妙な事態にも関わらず受け入れてしまう。今夜行こう。それでいいんだろう?

「そういえば、長門……」

 おもわず呼び捨てにしてしまった。

「なに?」

「あ、うん。ハルヒは何処へ行ったんだ?」

「部員を探しに行く、と」

「そうか……」

 予鈴が鳴って昼休みが終わる。俺は教室に戻ろうと席を立った。長門も立ち上がる。俺が部屋を出ようとすると、長門が本棚の方を見て動きを止めている。

「どうした?」

「さっきからずっと…… モールス信号…… 足で打っている…… だが、その自覚が無いのか……」

「??」

「隣の部屋からメッセージ。『男も女もタフじゃなきゃね』」

「それは……」

 俺は長門と同じく本棚の方を見ていた。しばらくして我に返ると、頭がすっきりして、体が軽くなっていた。


 その日の午後七時、光陽園駅前公園に行くと、長門が待っていた。

「これで良いのか?」「良い」

 そして俺は、長門の部屋に案内されることになる。動揺しまくりだったぞ。部屋ではお茶を何杯も注がれたし、映画鑑賞やゲームで対戦なんかを提案されたが、遠慮させてもらった。結構いい部屋だ。いろいろ揃ってる。本にマンガ、CDにゲームに映画、音響は高価なものに見える。雰囲気と違って多趣味だったんだな。

「周囲に適応し、溶け込むための戦略。しかし、突き詰めようとするとキリがない。困った」

 長門がそう言ってから、俺たちは座って向かい合った。


「涼宮ハルヒの事。そして私の事。あなたに教えておく」

「涼宮とお前が、何だって?」

「うまく伝達できない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて」


「涼宮ハルヒと私は、普通の人間ではない」

「何となく普通じゃないのは分かるけどさ」

「そうじゃない。性格に普遍的な性質を持っていないという意味ではなく、文字通りの意味で彼女と私は、あなたのような大多数の人間と同じとは言えない。この銀河を統括する情報統合思念体によって作られた、対有機生命体コンタクト用インターフェース。それが私」

「……はい?」

「通俗的な用語を使用すると、宇宙人に該当する存在」

「う、ちゅうじん……?」

「私の仕事は涼宮ハルヒを観察して、入手した情報を統合思念体に報告すること―――」


―――――

 何だかすごい事を聞いてしまった。でも、信じられるか? 自分の部屋のベッドで横になりながら考え続ける。眠れないぞ。どうしてくれる。


 長門有希は宇宙人。その派遣元は宇宙の誕生と共に発生した情報統合思念体というもの。宇宙のあらゆる情報を集めていたそれは、地球に人類という種が生まれ、知性を持ったことに驚愕し、興味を示した。そしておよそ三年前、異常な情報フレアを観測。その発生源が『涼宮ハルヒ』である、と。

 人間を観測するために、それと同種のインターフェースとしての長門有希を作り、ハルヒの傍に派遣。観測を続けた。

 現時点での情報統合思念体の結論はこう


  涼宮ハルヒは自分の都合のいいように周囲の環境を操作する力がある。

  原因は不明。影響も計り知れない。

  そこに自分たちの陥っている閉塞感を打破する可能性があるかもしれない。


 それくらいだった。

 長門が自ら涼宮ハルヒに接触すると、何が起こるか分からないため、観測に徹し、必要最小限の行動に努めるように指示され、この三年間ずっとそうして来たらしい。

 だが、ここに来て無視できないイレギュラー要素が現れた。それが俺。

 俺がハルヒと関わったことで、かつてないほど変化がハルヒに生じ、さらなる情報爆発を生み出している。

 情報統合思念体は完全な統制状態には無い。長門が所属する派閥と相容れない者達も多い。それ故、俺に危機が迫ることもあるので、注意を促したかった、と。


 そこから、長門の目が少し輝いているように見えた。気のせいだろうが。


―――――

 今言ったことが、情報統合思念体、そして私が知る現状のはず。そのはずだった。

 ここに来て、あなたの傍に居る『佐々木真実』という存在が、とてつもない要素であると認識するに至った。涼宮ハルヒに多大な影響を与えたあなた。そのあなたに多大な影響を与えた人物なら、注目に値する。だが、情報統合思念体は全くその兆候を見せていない。私の報告も届いているはずだが、受理した旨の通達以外何もない。指令は今まで通り『涼宮ハルヒの観測を続けよ』と言うもののみ。


 試しにこう提案した。


 涼宮ハルヒを観測するにあたり、重要なファクターと推測される『佐々木真実』という人物の調査を行いたい。それに関して許可を貰う事は出来るのか? 許可されるなら私の影響はどの程度にとどめるべきか?


 情報統合思念体の回答はこう。


 許可する。

 与える影響に関しては考慮に及ばず。

 長門有希の思う通りに行動して良い。

 制限条項無し。


 私は再び思った。おかしい、と。

 解釈は何通りかあるものの、これでは、何事も佐々木真実に関連付ければ、私は何の制限もなく、あらゆる行動をして良い事になってしまう。涼宮ハルヒへの接触や介入さえも……

―――――


 なら、直接ハルヒや佐々木に伝えたらどうだ? と聞くと、


 それでも、私は観測が主体、影響は与えるべきでは無いと考える。

 しかし与えても良いとなると、何をすればいいか分からない。戸惑っている。


 そんなことを言っていたっけ……


 いつの間にか、眠りに落ちていたようだ。目をこすりながらあくびをして体を起こす。カーテンの隙間から日の光が見えた。

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