正常と異常の境界線など、誰に引ける?

Side B

6月6日(月)

 ハルヒは自分の席に座って、窓の外をずっと見ていた。そしてそれを私が見てぼんやりと考えていた。


 天と地を結ぶ橋の上で、私はお前を待っている……

 マイ・ファニー・メランコリー…… 


 私は現実の世界に生きている……?

 私が見ているのは本当の空なのか……?


 その気になれば、いつでも世界を滅ぼせた……

 今この時は、私への招待状……?


 パーティが始まるのは何時なのか……? もしかして、それは……


 ピリリ、と私の携帯電話が鳴った。

「……うん?」


 その日の放課後、私達は市営グラウンドに集まった。みんなにも同じメッセージが届いたのかな…… ここは時々、草野球の大会が行われるらしい。グラウンドの端に長門さんがいるのが見える。私達は彼女の所まで歩いていった。

「呼び出したのは私」

 長門さんがそう言い、キョンが尋ねた。

「長門。どいういうことなんだ?」

「あれを見て」

 長門さんはグラウンドの中心を指差す。

「……! 朝倉!?」

 そこに朝倉涼子がいた。

「どいういうことなんだ? あいつは、お前が!?」

「そう、わたしが排除した。そして、佐々木真実へ向かった方も、彼女たちが」

「……なんだって?」

 キョンは私の顔を見た。ごめんね、なんだか言い出せなくて。私は、思わず目をそらす。

「いったい何が――」

「待って。今は現状を説明する。危険が迫っている」

「……わかった」

 長門さんは朝倉涼子を見て話し始めた。

「あれは、朝倉涼子がわずかに残した力。力そのものは彼女が持っていたものの0.1%ほど。あれだけで危険はない。残留思念が動いている幽霊のようなもの」

「宇宙人の幽霊って…… ジャンルは何になるんだよ……?」

「私が得た情報を総合すると、モンスター」

「モンスター?」

 次の瞬間、地面が振動し、雷が発生し、火花が散った。そして朝倉涼子がいた場所に巨大な何かが出現した。

「何だ……? あれは!」

「神人…… 一体、なぜ……」

 キョンと古泉君は見上げたまま固まっている。

「な、な、なんなんですか、あれ!? え、え、えぇぇー!」

「地獄から召喚されし魔獣!? 我々の知らない魔術師が攻撃を!?」

「……むぅ」

 朝比奈さん、望さん、結城さんは、それぞれに驚いているようだ。

「……ふぅぅー」

 灯は気合を入れるように静かに息を吐いた。


「そう、あれが……」

 私は、じっと神人を見つめた。どこかで見た、ずっと知っていた何か……


「長門さん。事情を知っているなら説明してください。ここは僕の知っている閉鎖空間ではない。僕に力は宿っていない。でもあれは間違いなく神人です。どうなっているんです?」

「あれは、あなたの知っている神人ではない。神人に朝倉涼子の残留思念が乗り移り、彼女の目的を果たすために動かしている。おそらく、涼宮ハルヒと佐々木真実に影響を与える人物への攻撃。もしくはその人物が影響を受ける行為。あれはこの街の破壊を始める」

「……ここが閉鎖空間ではないことの説明が入っていません」

「それについては、佐々木真実から答えてもらいたい」

「……え?」

 不意を突かれた。ビクッとなったのはそれだけじゃないけど。


「あなたはすでに、この事態についての回答を得ている。その回答が必要。私にも、私たちにも、そしてあなた自身にも」

「……涼宮ハルヒにも、かな?」

「そう」

 分かったよ。これがきっと、何かのハードル。次へ向かうためのボス戦なんだね。


「……うん。あまり考えたくないことだけど、


 長門さんの組織に朝倉さんが居たように、みんなの組織になんらかのイレギュラーがいるとしたら。


 そして、それぞれの力を持って私の行動をコントロールしていたとしたら。


 その行動が涼宮ハルヒのフラストレーションの調整を行っていたとしたら。


 例えば、閉鎖空間の大きさを、あの神人の大きさピッタリに合わせるとか。


 そして、神人の動きに合わせて、調整、移動ができるとしたら」


「……そんな無茶苦茶な…… 計算高いなんてレベルじゃ、到底出来ない企みだぞ……?」


「未来の状態から過去を逆算したり、過去の行動に影響を与えることができる者たち。現在のスーパーコンピュータじゃ比べ物にならない計算量を持つ何か。そしてその閉鎖空間の状態を逐一報告できる組織。もしかしたら他にもいろいろ。それらが合わされば、もう『出来ない』と考える方がおかしい」


「しかし……」

「そして、きっと、ハルヒはそれを望んだ。だから私は、あれと戦おうと思う」

「なんだって?」

「ハルヒはきっと、同じゲームで遊べる相手がいなかったんだよ。だからもしも、私に同じ力があるなら、とことん付き合いたいんだ」

「ゲームって、おい――」

「その言葉を待っていた」

「長門?」

「あなたが自らの意志でその言葉を発することが、私には重要だった。おそらくこれで、我々の力は最大限に高まった。この場所、この瞬間こそが、まさにベスト」

「お前まで、いったい何を言って――」

「キョン。私にも解る。今は長門さんの話を聞きたいんだ。お願いだよ」

「……ああ」

「私は予想される事態のために、いくつかの備えをしておいた。そして、今の佐々木真実の言葉で私の戦略が確定した。それを実行に移す。ただし、その戦略には、この場にいる全員の協力が必要。やってくれる?」

「やりますっっ!」「やりますよ!」

「やるさ!」「やるわ!」「やりますともっ!」

「やるさ。とことんな」「うん」

 全員が即答した。

「今の時点において、あれは『神人』とは言い難い。今後はあれを『タイラーン』と呼称する。作戦を伝える。灯、ブレイズ・ブレイドを」

「用意しております!」

 灯が刀を差しだした。


「古泉一樹。結城鎧。あなたたち二人にこの刀を持っていってもらいたい。それと、これも」

 長門さんは野球ボールほどの球体を差し出す。

「僕達に、ですか?」

「先ほど、あなたたち二人の組織にメッセージを送った。間もなくあなたたちにも指令が届く。それに従って欲しい」

 ピリリ、と二人の携帯電話が鳴った。二人はそれぞれ画面を見る。

「……わかりました」「……了解だ」

 二人はグラウンドを離れる。刀は古泉君が持っていった。


「あなたは、あれを」

 長門さんは、キョンにそう言って、グラウンドの端に用意された農作業用の一輪車を指差した。

「あれって、あんなもので一体何を?」

「あなたは、あれを動かして、これから朝比奈みくるが指定するポイントに彼女と一緒に向かってもらう。そして、そのポイントにあるものを灯の許まで運んでほしい」

 ピリリ、と、今度は朝比奈さんの携帯端末が鳴った。朝比奈さんは画面を見て言う。

「キョン君!! 長門さんの言う通りに、お、お願いしますっ!」

「わかりました! 行きましょう!」

 キョンは朝比奈さんと共に走っていった。


「上杉望。あなたは、私と共に行動してもらう」

「行動って?」

「あなたの魔術が必要。わたしの指示に従って欲しい」

「いいわ。何でも言って」


 長門さんは私を見た。

「あなたは、これを」

「これは?」

「ゲーム機のコントローラに細工を加えたもの。これで灯を操作できる。操作といっても、コントローラの果たす役割はあなたの意識を切り替える程度。実際のところ、灯とあなたの思考は一部が融合し、お互いの感覚をフィードバックできるドリフト状態になる。あなたは『どう戦うか』を考えるくらいでいい」

「お任せあれ、マスター! 私、この日のために特訓してきましたから!」

「うん。わかったよ!」

「では、ミッション・スタート」

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