夢を見ていて、それが夢だと気づいても目が覚めない

Side B

6/3(金)朝

 私が校門を通ると、望さんがすごい表情で駆け寄ってきた。

「ど、ど、ど、どういうことなの!? マイスター! こんなに広い範囲に、こんなに強力な魔術結界を張るなんて…… や、やはり、あなたこそ本物の魔術師!? アレイスター・クロウリー!? クリスチャン・ローゼンクロイツ!? ヘルメス・トリスメギストス!!? いや、ま、まさか、か、カ、神ィーーー!!」

 今日もまた亡者の如く私に迫ってくる。ど、どうしたんだろう?

「お、落ち着いて、望さん…… 私、なんのことか全然わからないよ」

「はぁ、はぁ、はぁ…… ええと、あの、この学校を中心とした、およそ半径10kmの範囲に強力な魔術結界が張られているの。魔力の中核として使われたのは、私が力を込めたウィル・ロックよ。でも魔力の源はあなたが発している波動と一致する。つまり、私のウィル・ロックを使ってあなたがこの魔術結界を張ったとしか…… でも、ウィル・ロックは昨日全部戻ってきて、今、私の手元に、一体どうなってるの……? ど、どうなっているのぉぉ!?」

「うぅん……? えーと、心当たりはあるようでないような…… とりあえず教室へ行こう? 話は昼休みか放課後にね」

「え、ええ……」

 私達はそれぞれの下駄箱へ向かった。そしてなんと、下駄箱を開けると手紙が入っていた。


     昼休み、あなたの部室で待ってます。

     よろしければ、上杉望さんも一緒にどうぞ。

                     朝比奈みくる


「うーん?」

 どうしよう……


 そして昼休み。私は望さんと共にSF研の部室に向かった。だって気になるじゃない?

「あら、長門さんじゃない?」

 長門さんが文芸部室の扉の前に立っていた。

「見張っていたのは、お互いの利害が一致したから。故に対等」

 そう言うと、長門さんはお隣に入って行った。何なんだろう?

 ともかく私達は自分達の部室へ入る。すると、中にいた人物が話しかけてきた。

「昨日はありがとう。望さんとは、お久しぶりね?」

「ふぇ? え、え、え?」

「朝比奈みくるです。この時間平面にいる私よりも未来から来ました」

「え? えぇ? ええぇ!?」

 そして私は告白する。


「実は昨日、望さんの『ウィル・ロック』を持ち出して、何かのために使わせてもらってたんだ。つまり窃盗・誘拐事件の犯人は私たちなんだ」

「え? おおぉ? ういあぁぁ!?」

 望さんが落ち着くのを待って、私達は知っている事情をゆっくりと説明しようと思い、私達三人は座って向かい合う。そして、朝比奈さんが語り出した。


「ごめんなさい。あなたたち二人の力を利用させてもらいました。私達の目的のために。


 ちょっと複雑なんだけどね、私は昨日、『三日前』に行き、佐々木さんと一緒に『ウィル・ロック』を配置した。


 そして、過去の私、今のSIS弾の朝比奈みくるに、『二日前』に行き、キョン君と一緒にそのウィル・ロックを回収するように指示を出したの。


 そして、キョン君達がこの時間平面に戻ってきたのが昨日の『午後五時』ちょうど。佐々木さんと私が戻ってきたのは昨日の『午後五時一分』。ここまではいい?」


 私は頷いた。望さんは口をあんぐりと開けている。


「私も涼宮さんや佐々木さんの力の正体は解らない、だから、推測の域は出ない。ただ、あなたたち二人の思考や感情は、この世界に多大な影響力を持っている。この前提で作戦を立てました。


 佐々木さんは、『ウィル・ロック』を配置した。という事実を認識している。なにしろ自分で置いてきたのだからね。でも昨日の午後五時には、キョン君たちが『二日前』から回収して、望さんに手渡した。つまり、昨日の午後五時に佐々木さんが認識している地点に『ウィル・ロック』は無い。


 この私と、過去の私が時間遡行を行ったのは、共に昨日の午後五時ちょうど。キョン君と過去の私はタイムロスがほぼゼロでこの時間平面に戻ってきた。そして、自分たちで回収してきた事実を認識する。そして、この時間平面にもそれが『無い』という事実が共鳴し、世界はそこに落ち着いた。


 だけど、その一分後、世界にそれが『ある』という認識を持つ、そして、多大な影響力を持つ佐々木さんがこの時間平面に現れた。世界は大きく揺らいだの。


 佐々木さんの認識は『ある』。でも実際のところは『無い』。つまり認識の上での『空白』を意図的に生み出したの。


 そして世界はあらゆる力を使って、その『空白』を埋めようとした。宇宙規模の情報、時間の流れ、そして望さんの魔術。もしかしたらもっと他にもあったのかもしれない。


 時間の流れと共に、いろいろな事実はゆっくりと変化する。人間や動植物、世界に息づくいろいろなものたち、少しずつの変化だから、安定している。でも、その認識の違いがわずか一分の間に起こった。それがものすごい力の原動力だったのね。きっと。それがこの魔術結界の正体。

                                       以上です」

「「……」」

 私達は呆然としていた。


「えーと、いろいろ聞きたいことはあるんですけど。とりあえず一つ大事なことが抜けてますよね?」

「ふぁぇ?」

「ええ、そうです。」

 朝比奈さんは頷く。


「『なんのために、この魔術結界を張ったのか』、ということなんですけど」

「ふぉおお!」

「ごめんなさい。それは私からは言えません。でも近いうちに答えは現れます」

 朝比奈さんは悲しそうな顔をした。でも、なんだか暖かい。


「でも、一つ覚えておいてほしいんです。『ブルー・ウェンズデイ』解りますか?」

「! ……ええ。解ります」

「私からはそれだけです。私が言うのはとても無責任だけど、幸運を」

「……はい。ありがとうございます」

「それでは、またいつか」

 そう言って、朝比奈さんは部屋から出ていった。

「ええっと……結局何がどうなったの? 私は何のためにここにいたの? 星座の導きで惹かれあったから、だったかしら……?」

「うーん…… 空色の音符が重なったからじゃないかな?」



Side A

6/4(土)朝

 俺は長門と電話で話していた。

「あなたは今日、佐々木真実と話し合いの場を持つと思われる」

「なんで、知ってる!? いや、お前ならいいか……」

「あなたに頼みがある」

「ああ、いいぞ」

「私は現在、灯と秘密特訓中。だが、連日の特訓で灯には疲労が蓄積している。サイボーグとは言え、休息は必要。今彼女は、光陽園駅前公園で休んでいる。彼女の話を聞いてほしい」

「話を聞く、か」

「それと何か飲み物を与えて欲しい。そのお礼に、その周辺に人が立ち入らないように空間を調整する。あなたたちが心置きなく話せる場を用意する」

「ああ、ありがとな」

「それでは、また」


 その少し後、俺は指定された場所で伊達を発見した。公園のベンチでへばっている。まるで二日酔いで苦しむビジネスマンだな。

「よう。大丈夫か?」

「こ、これは、キョン殿。何故ここへ?」

「お前の状況を見に、だよ」

「それはまた、痛み入ります」

「何をやってるのか解らないが、そんなに大変なのか?」

「私は主観の射撃に慣れなければならないのです。そして私はTPSが基本なので、酔いまくっておるのですよ」

「???」

「基本的にこれまでの特訓で世に出ているあらゆるFPSをやり尽くしてしまったのです。現在はそれらを分析、統合、再構成した、長門有希特性の超高難易度スペシャルメニュー、その名も『Light Must Away, No Hope Climax』モードで撃ちまくっております。さすがにきついです……」

「全然わからん……」

 と、その時、伊達が何かに気付いたように顔を上げた。


「くはっ! 長門さんから、特訓メニューの追加が…… いや、しかし、頭の中で友達と会話できるというのはある種幸せか…… はっ! 私は壊れておりませんぞ!」

「わかってるって。長門から頼まれたよ、気力を回復させてやってくれって。だから…。」

「あ、紅茶。これは、どうも……太陽の下で紅茶……サン、ティー、うぉぇ! し、失礼……ごくごくごく……ぷはぁ」

「まったく、何でこうお前たちは…… それに、サイボーグがゲームで消耗って、どういう事態なんだよ?」

「の、脳ミソは生身なもので…… あ、体のあちこちに接続エラーが、ちょっと再起動しますね」

 ピーガガガ、という音の後に、

―――――

player will rise and out from inner universe.

know your enemy. someone to tell the truth.

break through will birth from your question "what's it for".

if you think "i can't be cool". only at that time, it is your "date of rebirth".

lithium flower blooms at christmas in the silent forest.

it is uncompleted story of love.

if i even someone of replica. i must take a little hand.

for your smile. i do.

                               ―――――


 伊達の口から音声が再生されたが、早すぎて聞き取れなかったな。


「へろー、へろー、へろー、はうろー。へろー、へろー、へろー、はうろー。ふぅ、お待たせしました」

「お、お前も、それ……ははは……」


 その後、伊達は長門のマンションへ戻っていった。公園から出る時には元気に手を振っていたな。

 そして、しばらくすると佐々木がやってきた。

「やあ、キョン。お待たせ」

「ああ、今ちょうど、『エイリアン VS ターミネーター』を見てたから、退屈しなかったよ」


 俺は佐々木と情報交換を始めた。

「今度は、古泉と超常現象ツアーをしてきたよ。見てきたものは……


 涼宮ハルヒが生み出す閉鎖空間。

 フラストレーションの現れ。


 青白く輝く巨人。その名は『神人』

 イライラの発散。自分の世界での八つ当たり。


 『機関』と超能力者たち。

 神人を討伐し、閉鎖空間の拡大を防ぐ。


 超能力。

 閉鎖空間の発生と場所を探知し、戦闘に使える能力は、閉鎖空間の中でのみ発現できる。


 そんなところだ…。


 ああ、そういえば、こんな事も言ってやがった。


 我々の見るところ、創造主に近いものと見るのは『涼宮ハルヒ』ただ一人。

 あなたの友人の佐々木さんは、普通の人間です。

 これ以上ない程に普通の人間です。

 彼女はいったい何者です?


 だと。お前を馬鹿にしているなら、俺は殴りかかるところだったが、そんな感じには見えなくてな。だから、お前に伝えても好いかと思ったんだ。

 最近、あまりにも色々な事があって、頭がついていかない……ごめんな」

「閉鎖空間……」

「その空間と、そこに出現する『神人』、それに関わる超能力者たち。古泉に聞かされたもの、俺が見てきたものは、そんな感じだった」

「そう……そうなんだ」

 その後、佐々木は黙り込んだ。しばしの後、顔を俺に向けた。その顔何度か見た事あるぜ。お前が何かを見つけてしまう時のものだ。今度は話してもらえるのか?


「ねえ、キョン。今日はここまでにしたい。私はやることがあるんだ。だから、それをやってから、また君に話したい。いいかな?」

「いいさ。もちろん。そうするよ。」

 俺達はそのまま別れた。歩いていると長門からメールが届く。その内容は、


 もう一段階難易度を上げたい。

 何か良い名前の候補は無いか?


まったくお前達は……好い奴らだな。


 俺は、『Rest in Hope Light』と打って返信した。



Side B


 キョンと別れた後、公園から離れた場所で、考えていた。

私は、自らのためのダース・ヴェイダーを望んだが、それは、世界にとってのダース・プレイガスだったのかな……?

私は結城さんに電話をかける。

「結城さん。あなた、私に何か話があるんじゃない?」

「ああ。ちょうどそうしようと思ってたところさ」

 私はさっきまでキョンと向かい合っていた場所に戻った。しばらくして、結城さんがやって来た。そして私達は話す。


「さっき、キョンと話していたんだ。超能力者のこと。機関のこと。そして私の頭がフル回転した。その結論、まだ仮定の話だけど、それを言葉にしてみるね」

「ああ」


「涼宮ハルヒと同様の力が私にあるのなら、私にとっての閉鎖空間は何なのか? 結城さんの言葉をいくつか辿っていくと、一つ見えて来たんだ。


 あなたたちが、超能力者ではなく、現実世界で活動するスパイ、ということは、私のフラストレーションは現実世界で吐き出されている。つまり、私にとっての閉鎖空間はこの世界そのもの。結城さんたちは、私の力の影響が、現実世界において強烈なクライシスとなることを防いでいる。


 そして、もう一つ見える。私の一挙手一投足が世界に多大な影響を及ぼし、バタフライ・エフェクトとなって世界を駆け巡る。その結果として『涼宮ハルヒの憂鬱』を発生させたとしたら。


 閉鎖空間と神人も私の生み出したものということになる。正確には、私と涼宮ハルヒが生きている時代に、この世にある全てによって生み出された。


 そんな感じかな…」

「うむ。それで?」

「……私は一体どうすれば良いの?」


 私達は沈黙した。結城さんが口を開いてくれるまで、ものすごく長く感じた。

「……そうだな。俺も仮定の話を少しさせてもらおう。仮定の上のさらに想像だから、信ぴょう性なんてあるわけない。無茶は承知さ……


 俺も、人並みに金儲けをしようと考えた事があった。そこで経済の本を読んでみたんだ。まあ、全然解らなかったな。だが、経済っていうのが、ただ金の流れの事を言ってるんじゃなくて、この世界で暮らす人々の動きを見ること。みたいな感じだったと思う。


 そして、マーケティングっていうものについてもちょっと読んでみた。こっちもまるで解らない。でも、一つ面白いのがあった。ベネフィットってやつでな。


 結構有名な話らしい。ドリルを買いにきた客がいるとする。実際のところ、その客はドリルが欲しいわけじゃない。ドリルで何処かに穴を開けたい。その穴、そして穴を開ける行為。それがベネフィットって言うみたいだ。


 まあ、しばらくして、それを読んだことすら忘れてしまった。覚えていたとしても頭の隅の方にしかなかったんだろうな。


 スパイをやって一つ解ったことがある。人間が持てる財産なんてものは自分の体一つ。当然それだけじゃないが、精々その時身の回りにあるものくらい。ってことだな。そしてある考えが浮かんだ。


 仮定の世界設定だが


 その世界は貧富の格差が激しく、紛争やテロが頻発して多くの人が死んでいる。

 比較的安全が保たれている土地でも、疑心暗鬼や非難の応酬が繰り返され、殺伐としている。そんな世界だとしよう。


 もしも世界の1%が富を独占しているというなら、そいつらの唯一の財産である、『自分』を活かすためのベネフィットは、どこで手に入れるのか。そして、誰が提供するのか。


 俺の結論はこう。世界の1%が独占しているのは、富ではない。欠乏だ。俺たちは何処かの時点で、自分たちで動く力や責任と共に、どうにも満たされない欠乏を、世界のわずかな人々に押し付けてしまったのさ。


 そして、そのわずかな人々のフラストレーションのはけ口となってしまったのが、世界各地で起こるテロや紛争、その犠牲者たちだ。俺の想像が正しいとすれば、世界の反対側でひどいことが起こっているとしたら、それは俺の行った何かがそうしてしまったことになる。


 だから、どうしようってわけでもない。ただ、毎日をより良く生きようと思うくらいは、いいんじゃないかってことさ。辛い時には文句を言うのもアリ、どうにも不満が溜まったらサボってみるのも良し、ただ、いずれにしても度を越したひどい行為はやめよう。


 そんな感じだな」

「うん」

 結局、何もわからなかった。でも、そういうことだと思う。

 その会話の後、私達はそれぞれの家路についた。

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