あの世界一優しい声は、絶対忘れない
Side A
その週の土曜日。バッティングセンターにて対決は行われた。ルールは80kmのコースに交互に入り、全員の点数の合計で競う。ヒットが1点、ホームランが2点。説明を受けて、俺は尋ねた。
「おい。SISの方が一人多いじゃないか。どうするんだ?」
「私が二回入る。それでいいよね。」
佐々木の言葉に力がこもっている。本気だな。まあ、これだけ近くにいれば大丈夫だろうな。一応、こっちのリーダーにも聞いておかないとな。
「良いのか、ハルヒ?」
「もちろんよ!」
そして、バトルスタート。
結城さんがバッターボックスに入る。ボールが投げられ、バットを振る、が空振り。
「!?」
当たらなかったことに驚いているようだ。思いっきり不自然だ。二球目も空振り。さらに驚いている。動揺を隠せていない。
「何だと……まさか……!?」
その後も空振り続き。結局ヒットは最後に1本出ただけだった。結城さんは古泉を睨み呟いた。
「なかなか、やるな……」「……何のことでしょう?」
明らかに何かやっている。でも、そんなはずはないだろう? 結城さんは、佐々木を助けてくれるんだから、あいつの望みに反することをするはずないよな……
SAS / 1pt SIS /0pt
続いて古泉がバッターボックスへ入る。こいつも、空振り、空振り、空振り……
「……っく!」
こちらも最後にヒットが1本出ただけだった。先ほどと真逆の構図で、古泉が結城さんを睨んで呟く。
「この短時間で、ずいぶんと手回しの良い……」「……何のことかな?」
二人の様子を見ていた俺は、疑う余地が無くなった。確信があるもんで、声を出してしまった。
「おい、まさか……」
SAS / 1pt SIS / 1pt
上杉さんがバッターボックスに入る。ボールが投げられ、バットを振ろうとしたその時、
「びゃっくしゃい!」
朝比奈さんが大声でくしゃみをした。上杉さんはビクっと固まってしまい、バットは止まった。朝比奈さんの方を向き、ギロリと睨みつける。
「……あら、そういうやり方…… 予想外だわ」
「あ、あの、わたし、す、すみま、ひ、ひゃ、ひゃっくしゃい!」
俺は長門へ歩み寄り、小声で話す。
「長門、なにか仕掛けてるのか? おまえや伊達だけじゃなくて、みんな」
「そう。涼宮ハルヒ、佐々木真実、あなた以外の全員がこの勝負にそれぞれの分野で仕掛けをしている。相手の力を削ぎ、自分たちを有利にする各種工作がこの場に相当数存在」
やっぱりか……でも何故? 俺たちはともかく、SASの連中まで佐々木の想いをくみ取ってやれないのか?
「……解るものを教えてくれないか?」
「結城鎧は、このバッティングセンターの職員を買収・懐柔し、球種と順番を決めさせた。古泉一樹は、その裏を読み、そっくりそのままSIS弾に有利になるように職員を買収・懐柔した。二人の仲間がこの周辺に多数潜伏。お互いの戦略をつぶし合う諜報合戦が進行中」
「……」
「ぶぇっくしょい!」「ミャー!」「……っくぬ!」
朝比奈さんのくしゃみの後、猫の鳴き声が響き、上杉さんの体は一瞬硬直し空振り。
「上杉望は動体視力と筋肉の反応を魔術で強化した。何事もなければ百発百中でホームランを打てる。朝比奈みくるは、この時間にくしゃみをする仕掛けを今朝の食事に仕込まれた。未来からの情報により、上杉望の体が最も強張るタイミングで、聴覚から刺激を送る。現在の朝比奈みくるは、横隔膜、肺、気道、口、舌、鼻がこの場の環境と連動し、特殊なくしゃみをするようになっている。くしゃみによって発生する音は数百種類。人間に感じ取れない音まで含め、この瞬間も上杉望の集中を乱している。くしゃみと共に、この場と周辺の様々な何かが反応するようにタイミングと各種トリガーを調整。あのバッターボックスから半径50m以内に存在するほぼすべてに何らかの細工が施してある」
「……」
「へぶっしゅ!」「カァァー!」「くぬぉ!」
また空振り。朝比奈さんのくしゃみは常に変化し、それに伴う周囲の音も一度として同じものは無かった。結局上杉さんは、ヒットが一本も出なかった。
「面目ないです。マイスター……」
「ナイス・ファイト!」
佐々木が励ましているが…… あいつが気付かないはずないよな…… 今、どんな気持ちなんだ?
SAS / 1pt SIS / 1pt
朝比奈さんがバットを構えるが、どうすれば良いか分からないようだ。たぶんやったこと無いんだな。立ち位置や構え方が合っているかどうか、不安に思っているんじゃないだろうか。
「ひゃあ!」
そして、構えたままボールを見逃した。
「みくるちゃん! とにかく振りなさい!」
「は、はいぃぃ…… のわぁ!」
ハルヒが後ろから叫んでいるが、あまり効果は無く、再び見逃す。
「なあ、長門。俺は佐々木と約束したんだ。これは純粋に体力と技術を競うって。俺はあいつとの約束は絶対破るつもりはない。このままなら俺はこの勝負を無理やりにでも中断するぜ。なんとか普通の勝負にもどしてくれないか?」
「佐々木真実があなたと交わした約束は、誠意のこもった本物であると思われる。そしてもう一つは我々に対する宣言でもあったとも解釈できる」
「どういうことだ?」
「佐々木真実は、自らに涼宮ハルヒと同様の力があると自覚した時点で、自身の周辺がどうあっても自分の為に働くことを認識した。
そして涼宮ハルヒが無自覚のまま力を行使していることを考慮し、自分もその力の存在を忘れることが最もフェアであるという考えに至る。
彼女は純粋に涼宮ハルヒ、そしてあなたとの勝負を願い、彼女の為に働く力が涼宮ハルヒと釣り合うことを望む。
彼女は、『自分がそれを望む』ということを、あなたに伝えることで、彼女自身にある種の暗示をかけた。
そこから先のことはあまり考えていない。しかし、その行動によりSAS団の面々は、佐々木真実に有利な状況を作ろうと奔走し、SIS弾はそれに対抗手段を用意した。そして現在、スコアは互角」
「あいつ……」
「どわわわわっ!」
朝比奈さんがゆっくりバットを振る。ボールが投げられる前に振っても、当たることは無いだろうな。朝比奈さんの体が回転する中、ラスト一球が投げられた。
「ぶぇっくしゅん!」
奇跡的なタイミングでくしゃみと共にバットが振られた。体の動きは実に不自然だったが、バットの芯を捉えたようで、バァーンと、ホームランのボードに当たった。
「みくるちゃん! よくやったわ!」
「ふぇああぁ…… ふぁいぃぃ……」
朝比奈さんは鼻と口を押え、涙目で戻ってきた。
SAS / 1pt SIS / 3pt
伊達がバッターボックスへ入る。長門へ視線を向け、にっこり笑う。
「あいつは、どんな仕掛けをしているんだ?」
「おそらく、私次第」
「?」
そう言うと、長門は超高速で口を動かした。
「はがぁぁ!」
伊達が叫び声をあげた。一瞬ふらつき、すぐに元の態勢に戻るが、なんだか体の動きが変だ。
「何をしたんだ?」
「灯の人工筋肉とそれを動かすための神経回路、そこに流れる電流に微弱なノイズを混ぜた。そして各器官の駆動系、各種パルスジェネレータ、各種センサーに誤動作を誘発。彼女は現在、強烈な筋肉痛に襲われている。そして、うっ……」
「どうした?」
「灯は、彼女の感じる痛みの信号を電磁波に変換、私と情報統合思念体との通信ラインに紛れ込ませた。つまり、彼女の感じる痛みとほぼ同じものを私が感じる」
「はぁぁ……」
何だか感心してしまい、感嘆の溜息が出る。真面目だけど何処か抜けてる。まるで、誰かの心の中を表したかの様だ。バットを握る二人は、傍目には何の問題も無さそうだったが、時々、顔が引きつるのが見えた。まったくお前達は……好い奴だな。
伊達はヒット三本、長門はヒット一本だった。
SAS / 4pt SIS/ 4pt
「わざとか? 長門」
「本気……」
「そうか」
Side B
私の番。呼吸と歩いている事を感じながら、バッターボックスに入った。
(なんとか、釣り合ってくれてるみたい。ごめんね、みんな)
一瞬だけそう思った。そして次の瞬間には打つことにのみ集中した。ボールが投げられる。空振り、空振り、かすってファール。
「ふぅー……」
(右腕の力が…… でも大丈夫)
空振り、ヒット、ヒット。
(打つ、打つ、打つ…… 打った、打った、打った……)
空振り、空振り、ヒット。
(力を抜いて、重さを下に……)
空振り。
SAS / 7pt SIS / 4pt
私は誰とも視線を合わせず戻り、何も言わずにベンチに座った。
ハルヒがバッターボックスへ入と、座っている私にキョンが話しかけてきた。
「なあ、お前、あいつらが何かしてくること解って――」
「ごめん。今は言わないで。きっと私が考えたら、何かがまた起こるから……」
カァン! と音が響く。 「よっしゃぁー!」 ヒット。
キョンは俯いた。少しそのまま床を見つめた後、顔を上げて、ハルヒがいるバッターボックスの方を見てながら喋り出した。
「これから言うのは、独り言だ。俺のくだらない妄想が、ただ口から出ているだけだ。こんなの、だれも真剣に受け止めるわけないしな」
「……」
カッ! 「だぁー」 ファール。
「中学の時の理科の時間だったか、ちょっと授業についていけなくなっていてな。その時にすごい優秀なヤツに助けてもらった。その時、色々な話が聞けてさ。すごく面白かったよ。俺と同い年なのにこんなに色々なことを知っててすごいな。こいつの頭の中は一体どうなっているんだろう。なんて考えていたな。」
「……」
カァン! バァーン! 「いぇーい!」 ホームラン。
カン! 「うしっ!」 ヒット。
「ある時、万有引力の話になった。それまで俺は『万有引力』っていうのは、ただ地面に向かって落ちていく重力のことを言ってるんだと思ってたよ。でも違ったみたいでな。詳しくは俺もまだ良く分からない。でも言葉にそのまま出てるんだよな。『すべてのモノはそれぞれが引き合っている』ってさ。だから俺たちも地球を引っ張っている。『重力』っていうのは、俺たちと地球が引っ張り合ったうえで、地球の自転で生じる『遠心力』ってのと打ち消し合ったうえで生じてる力だ。みたいな話だったな」
「……」
ブン! 「ぬおっ!」空振り。
ガッ! 「どわっ!」ファール。
「だから、もしも、今この時、この世界に生きている俺たちの誰か一人でもこの世にいなかったら、地球はおかしなことになってしまう。ひいては宇宙全体がおかしなことになってしまうんじゃないか。そんなことも言ってた。壮大過ぎて、うまく考えられなかったな」
「……」
カァン! バァーン! 「うっしゃー!」ホームラン。
カン! 「どりゃ!」ヒット。
「だから、その…… ああ、もう…… やっぱり解らないな。だからどんな力があっても、何も遠慮することなんてないって思ってるのさ。俺はそいつがその力を悪用するなんて思えない。絶対大丈夫だって信じてる。それだけさ。……終わりだ」
「……」
カン! 「でいやー!」ヒット。
カァン! 「だっはー!」ヒット。
「どうよ! あたしのスイング! 完璧でしょ! ちょっと! ちゃんと見てたの!?」
「ああ、見てたよ。ちゃんとな……」
SAS / 7pt SIS / 12pt
私は無言でもう一度、バッターボックスに入った。
(リンゴは木から落ちた。 月は落ちてこない。 なぜか……)
ヒット、空振り、ファール。
(宇宙の始まりと共に、 物理法則が存在するなら、 今、この瞬間に起こることは予定されていた……)
空振り、ファール、空振り。
(自然の探求。 技術の追求。 自分とは何かを探ることも……)
ヒット、空振り、空振り。
(では、その物理法則は、なぜ存在するのか……)
ヒット。
SAS / 10pt SIS / 12pt
「ふぅ。もう勝負はついちゃったね。負けたよ。さすがSIS弾、約束通り―――」
「俺もやる」
「……うん」
キョンは、ヒットを5本打った。
SAS / 10pt SIS / 17pt
SIS弾の勝ち。私が全員にドリンク一本を奢った。その後、ベンチに座りながら、キョンと語り合っていた。
「宇宙人、未来人、超能力者、スパイ、魔術師、サイボーグ。もしかしたら、まだまだ他にもたくさん。こんなに集まってきてくれるなんてね。今まで学んできたものはとっくにひっくり返っているけど、どうしても嘘だって思えないよ」
「そうだな。俺もだ」
「この状況は、私がずっと願ってきたものだし、涼宮ハルヒが願っていて、そしてまだ知らない誰かが願っていたことなんだろうね」
「そうなのか?」
「ここまですごいのは、予想外だったけどさ。強く願えば叶うって思えれば、もう何も怖くないよ。『嘘から出た実(まこと)』って言葉もあるし。おっと、私の名前が入っていたね」
私は右腕を撫でながら、今日はよく眠れそうだ、なんて考えていた。右腕が少し熱くなったみたい。どうしてかな……
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