第2話 前夜

 「え、お前、士官学校に進学するつもりなのか」

 進路指導の教師が手に持った資料を机に落とした。

 「どうせ歳を取れば軍隊に行くことになるんです。今行ってもいいじゃありませんか。色々と条件も良さそうだし」

 高校時代の俺は、現代日本の状況を分析して得た結論を口にした。軍人になるんだ、と。


第二次世界大戦が終わって、日本は平和国家として、武装放棄をした。秀吉の刀狩を経験しているせいか、それは思ったよりすんなりといった。まさか本気で戦争できない国になるとは、占領した米国も思っていなかったに違いない。しかし、日本はアメリカの軍事力に全面的に依存することで、武装放棄を達成したのである。もちろん、直後に朝鮮戦争によって武装放棄が絵空事であることがわかり、軍隊もどきは再結成されたが、軍隊として不可欠な法制度もなく、戦争の手段ではない軍隊、というなんだかわからないものは出来たが、それは現実主義者の足掻きのようなものだった。

 規模だけは、それなりに大きくなった自衛隊は、しかしあくまでも国土を守るためだけの戦力しか与えられず、いざ有事には米軍の全面的なバックアップがなければ立いかなくなるバランスに欠いたものだった。

 また、本来人的リソースの源泉であった若者の人口が減り、その規模すら確保することが難しくなった現代、頼みとする米国が世界秩序を守ることをやめようとしていた。日本は自立しなくてはいけなくなったのである。では、どうするのが良いのか。

 日本の中で人口が多い世代は、老人世代であることに、人々は気づいた。そもそも、歴史的に若者が徴兵制度で軍に集められた最大の理由は、体力と、何よりも人口の多さだったのではなかったか。

 老人を軍に入れることの問題は、そうなると体力だけだ。それを解決するテクノロジーは、すでにあるではないか。

 話はとんとん拍子に進み、世界でも珍しい老人の徴兵制度が始まったのである。

 そんな時代、若者が軍隊に入るというのは、世間的には奇妙なことと思われていた。

 就職するにしても、大学に行くにしても、国民の権利として選挙権が与えられる。それが何だっていうのだ。ただ単に政治的結果の責任を負わされるだけだ。だからこそ、早々に軍人になることで、選挙権を失いたいのだ。これから起こるであろう政治的失敗の責任を負わずにいたい。そんなことを言っても通じないだろうが。

 「しかしなあ、どうせ60歳になれば軍隊に行くことになるんだ。それまでは、民間人として生活するほうが良いんじゃないか。わざわざ若くして軍に所属する奴なんて、碌なもんじゃないぞ」

 「ただで勉強できて、それなりに手当ももらえる。そんな美味しい制度を使わない手はないでしょ」

 「お前のところ、そんなに金に困ってないだろ」

 「俺は、選挙権が嫌いなんですよ。だから軍人になるんです」

 「何を言っているのかわからんが、まあ仕方がない。私が教師を引退して徴兵されるころには、お前が私の上官になるかも知れないな。あまり反対すると上官反抗罪かね」

 「なんです、先生も下士官兵を選ぶつもりですか」

 「当然だろ」

 俺が軍人を選んだのは、選挙が嫌いだからである。いや、政治家の失敗を国民全体に希釈して全体責任とするその無責任が嫌だったのだ。そこから離れるには軍人になるのが一番良い。それは、結局のところ、無責任そのもの、ということだったのかも知れないが、高校時代は、妙に潔癖なところがあったのである。 

 かくして俺は、職業軍人になった。


 

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戦争の時代 新座遊 @niiza

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