戦争の時代
新座遊
第1話 出征
じいさんに、召集令状が来た。
戦争が始まろうとしていた。世界は相互不信に満ちていた。
その召集令状は、赤いチャンチャンコだった。そう、ついにじいさんは、徴兵年齢に達したのである。
なんでわしが戦争しなくちゃいかんのだ、とボヤきながらも期限が切られた限りは出征の準備をしなくちゃいけない。じいさんは退職金を片手に、街に繰り出し、軍服を購入すべくうろつく。勿論、軍が支給する軍服でもいいのだが、支給品は兵卒のものであり、自前の軍服を用意すれば、士官の服も着ることが出来るっていう寸法だ。
それで階級が決まるのだから他国の軍隊とは考え方が異なるのかも知れない。
しかし、老人を召集する軍隊というのが日本独自の制度であるならば、階級の決め方くらい独自性を誇っても良いのではないか。
ともあれ、じいさんは中尉の階級章をつけた軍服姿で戻って来た。正式にはまだ軍隊に入隊していないのだから、軍服で出歩いたら逮捕されるのだが、逮捕されて牢屋に入れられるのと、兵舎に閉じ込められるのとどちらが良いかと言えば前者に違いなく、だから多くの老人は、大抵、軍服を来て闊歩することになる。まあ、国民皆兵の世である。
俺はこの国で珍しい志願した職業軍人であり、じいさんたちを軍人らしく鍛え上げる役割を担っている。
とは言っても人生経験豊富でずる賢い人たちを軍人らしい上意下達の行動原理に染め抜くことは出来ない。ではどうするかというと。
「みなさんは国の為に60年生きて来ました。その分、長きに渡って国からの恩恵を受けてきたこともまた確かなことです。従って、今回国にその命を捧げることで、最後のご奉公をしていただきたく、心よりお願い申し上げます。とはいえ、いたずらに生命を散らすことが目的ではありません。軍人とは、可能な限り生き残るために努力を積み重ねる存在でもあります。だからこそ、生き残るための手段を身につけていただきたいと思います」
「そうは言ってもなあ、少佐さん、ワシらは若者と比べて身体も思うように動かないし、昔より頭の働きも遅くなっているのを自覚してるんだ。本当に戦争なんて出来ると思っているのか」
「基本的な質問をありがとうございます。まさにその問題があったからこそ、歴史的に各国は若者を徴兵対象にしていたとも言えるでしょう。しかし時代は変わりました。身体的弱点はパワードスーツにより若者以上の機敏な動作が可能となります。頭脳の補助としてはAIが装備されます。皆さんの人生経験の上にコンピュータの反射神経と軍事的専門知識を合わせることで特殊部隊なみの戦力となるに違いありません」
最初の一週間でパワードスーツの基本的な扱い方を訓練し、それなりに形が出来た段階で出征する。それぞれ好みの階級での編制である。もちろん佐官級を選ぶ老人もいることはいるが、責任が重いことを知っているので、好んでなるものでもない。尉官級が人気であることが知られているが実は素人判断に過ぎない。兵卒より責任は重いし兵装は自弁となるため、全て国の支給品で済む下士官や兵を選ぶ人もいる。特に年金支給までは切り詰めて生活する予定の人は、兵を選んで楽をしようとする。ある意味で国家による老人救済の制度とも言えよう。
俺の部隊の部下となった中尉のじいさんが、部隊長が自分の孫であることを周りの戦友に自慢しているという噂を聞いた。もちろん俺はじいさんが自分の祖父であろうとも贔屓をするつもりはなく、逆に部隊のモラルを保持するためには危ない作戦に真っ先に祖父を投入するつもりである。まあ、危ない作戦なんてものは、よっぽど追い詰められない限りは選択することもないだろうが。
さて、いよいよ戦場に派兵されることになった。老人たちはパワードスーツでキビキビと動きながら、豪華客船のような輸送船に乗り込んでいく。果たして何人が、無事に故国に戻って来れるだろうか。
俺はあえて無表情に彼らの乗船を見守っていた。
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