Ⅱ 蠕動
Ⅱ-1
チャイムの音が響き渡ると、校舎の出口から生徒たちがあふれだす。次から次へわらわらと出てくる彼らは、一日の勉強が終わって喜びいっぱいの顔で遊びの待っている外へ飛び出していく。
幸也は窓際の席に腰かけたまま、元気に跳ねまわる他の子たちを眺めていた。
どうしてあんなに楽しそうに笑っているんだろう。
「小野瀬くん」
ふいに後ろから声をかけられ驚いて振り向くと、クラス委員の
「アンケート用紙を提出してほしいんだけど、もう書けてる?」
「あ、ごめん」
幸也は机の中に入れたまま忘れていた紙切れを彼女に手渡した。
「小野瀬くんって、一匹狼みたいでかっこいいね」
アンケート用紙を受け取ったその子はくすっと笑って言うと、後ろの扉から出ていった。幸也は目を丸くして彼女の消えた扉を穴のあくほど見つめ続けた。
それは何気なく言われた言葉だったに違いない。彼女にとってはふっと頭に思い浮かんだだけのことだったのだろう。しかし、幸也の胸にそれは深く突き刺さり、えぐるように奥深くまで喰い込んだ。
一匹狼? かっこいい?
なりたくて一人になったわけじゃないのに!僕が一人でいることを好きなのではなく、自分たちが僕を仲間に入れてくれなかったくせに! それを、まるでそんなことはなかったかのように……!
「わ~! 幸也が来たぞ~! 逃げろ~」
「あんな奴と口をきくと口が腐るぞ。触ったら、手だってそこから腐っていくんだぞ」
「あいつ、母親にも嫌われて追い出されたんだってよ」
今まで何度も言われた言葉を思い出す。
陰口なんて慣れっこだった。面と向かって悪口言われることだって。何を言われても知らん顔していることだってできるようになったし、話し相手が誰もいなくっても別にへっちゃらだった。
いつだって一人ぼっちだったから、いつの間にか慣れてしまっただけなのだ。
慣れなければやっていけなかった。
だけど。
一人ぼっちが好きなわけではないのだ。誰が好きこのんで一人になんてなるものか。それを、『一匹狼みたいでかっこいい』だなんて。
僕をこんな状態に追い込んだ側の人から言われるとは思いもしなかった。なんて自分勝手な……。
言いようのない悔しさが喉元にこみあげてくる。怒りとも哀しみともつかない口惜しさ。やるせない思いをぶつける場所がどこにもない。
幸也は思わず拳で机をどんっと叩きつけてしまった。人の消えた教室にその音はやたらと大きく響き、握りしめた拳の小指側からじんわりと痛みが這い上がる。
窓外のグラウンドには、まだ帰らずに元気に駆け回っている生徒たちが見える。その姿がこれほど憎らしく思えたことはない。これほど羨ましく思えたことも……。無関心を装っていれば、自分のこんな気持ちに気づかずにいれたのに。
「一人になりたいわけじゃない……」
幸也ふと口から滑りだした自分の言葉にはっと息をのんだ。
それが自分の本心なのだとやっと気がついたのだ。
真由美に放っておいてくれと言ってしまったのは、再び去っていかれるのが嫌だったからにすぎないのじゃないか? その証拠にあれから二週間、毎日真由美が何事もなかったような顔をしてやってくるのを、再び拒もうとはしなかったではないか。あの日、平気な顔で現れた真由美を何の抵抗もなく受け入れたではないか。それどころか、内心僕は喜んですらいなかったか……? 真由美が来るのを心の奥底では待ち望んでいたのじゃないか?
身内から次々と溢れてくる疑問と矛盾に、幸也は戸惑った。
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