Ⅹ-5

「何かあったの? にやにやして」


 部活の休憩時間、二人からそれぞれ聞いた話を思い返していた真由美は、朱里に問われ苦笑する。


「そんなに顔に出てた?」

「んー? まあ、いいことがあったんだろうなってわかる程度にはね」


 ボールをくるくると回しながら笑う。


「幸也のことでしょ?」


 ほんとになんでもお見通しなんだから。


 と思いながら、昨日聞いた二人の話をする。


「そっかー。よかったねー」


 言っているそばを幸也と太一が走り抜ける。


「それにしても」


 男子部の方に目を向ける朱里につられてそっちを見ると、走っていった二人がコートの隅でじゃれ合っている。そこに二年生が加わってちょっかいをかけている。犬っころみたいだ。


「あの子がこんなに変わるとは思わなかったわ。まるで別人みたい。無機質なお人形さんみたいだったのにね。いつの間にかみんなのマスコットみたいになってるじゃない」


 そうなのだ。無表情で人を寄せつけない雰囲気だった幸也が、この半年ですっかりその殻を脱ぎ捨ててしまったから。今ではその面影もない。


 小さくて笑顔がかわいくて礼儀正しい彼は、毎日男女問わず上級生からかまいまくられている。


「幸也だけじゃなく、太一もね」


 背は高いがシャイなところのある太一も同じだ。ちょっときつい顔つきが笑うととても可愛い。


 今も、二人が何をやったのか、みんなして笑い転げている。


「あんなの、あの頃じゃ想像もつかなかったよね」



 男子部の休憩が終わり、二人がコートに入る。


 キュッ キュッ 


 シューズの音。ボールをつく音。掛け声。


 体育館の中が急ににぎやかになる。

 みんなより数カ月早く部活に来ていただけあって、二人は一年生の中では格段に上手い。


「あ、うまい!」

「これは二年生、油断できないね。一年の内に二人ともレギュラーねらえるよ」

「二人、息が合っているからねぇ」


 ツーオンツーで二人が組んで、二年生を相手になかなか頑張っている。幸也と太一はぴったり息が合っている。

 半年前から一緒にいるが、二人は本当に馬があうようだ。


「それに、あたしにもずいぶん懐いたしね」


 朱里がバスケットシューズの紐を結び直し、感慨深げに言う。その紐は幸也からのプレゼントだ。幸也が朱里にお礼をしたいと言ったから、一緒に選んでやった物。


「そういえばあの時、ほんとに何を言ったのよ?」


 頬を膨らませて拗ねてみせる。これまでにも何回か訊いたのだが、二人とも教えてくれないのだ。


「だからそれは内緒だって」


 笑ってとりあってくれない。


「それにしても、あの子たち、これからまだどんどんうまくなるよ」


 さらりと話題を変え、二人の動きを目で追いながら言う。


「太一はともかく、幸也なんてがりがりで体力もぜんっぜんなかったのにねぇ。今はまだ背も低いけど、男の子だしね。まだまだ伸びるでしょ」

「あ、そういえば幸也のお父さん、結構背が高かったような……?」

「なんでそんな疑問形なの?」

「んー? ほとんど会ったことないし。おぼろげな記憶だから。でも、あたしが小さかったからそう思っただけかも?」


 女子部集合の笛が鳴り、朱里は首を傾げている真由美の手を引いて立ち上がらせた。


「あれで背がどんどん伸びたら、怖いねー。こっちも負けてらんないよ」


 真由美の背を叩き先に走っていく朱里を、真由美も慌てて追いかけた。


 うん、負けられない!

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