Ⅸ-7
「太一。なんでこの頃そいつといつも一緒なんだ?」
学校の中でもいろいろ問題は起こった。
幸也と太一はこう言ってきたメガネの少年が、この間からもの言いたげな様子なのには気づいていた。
「別にいつも一緒ってわけじゃないだろ?」
「登下校も昼休みも一緒じゃないか」
「話してみたら、案外こいつ面白かったんだよ。それに朝はたまたま会うんだ。家が割と近所だったみたいで」
実際太一は幸也にべったりくっついているわけではなかったし、他の子への態度を変えたわけでもなかった。
ただ、太一が幸也に普通に接しているのを見て、同じように普通に話しかけてくれるようになった子が少しずつ増えてきていたのは事実だ。
だけどそれが気に食わない連中もいたようだった。メガネの少年を中心にした数人。
幸也は自分が原因でクラスの雰囲気が悪くなるのは嫌だった。
「今までがおかしかったんだから、別にいいんだよ。気にするな」
そう言って太一はあえて何もしなかった。
昼を一緒に食べることと、下校が一緒なこと以外は。
幸也に対してあからさまな意地悪を言ったりしたりしているのを見たときは口を挟むこともあったが、それは他の子がされているときも同じだった。
だけど、そういったごたごたは長くは続かなかった。卒業式が近づいて、『もうすぐお別れだぞ~。みんな最後まで仲良くしろよ~』という担任の言葉があったからかもしれない。今まで無反応だった幸也が、きちんと相手を見て話をするようになったのも理由の一つだろう。
それから幸也はだんだん周りの人の観察をするようになった。今までは、自分以外はみんな敵のように思っていたことに気づいたから。
”自分”と”それ以外の人”。
真由美や弥生のような特殊な数人を除けば、みんな”それ以外の人”だった。
でも、太一が踏み込んできて、佳代との関係も変わって。改めて気づいたのだ。
一人一人違う。
太一はライオンの皮を脱いでいるのに誰も気づかない、というか皮を被っていると思っていたのは太一だけのようだ。みんなはちゃんと太一を慕っているように見える。
晴香は、正義感を振りかざして容赦のない言葉を浴びせるから、男子に嫌われている。幸也には好意的。一匹狼の発言も本当に悪気はなかったらしく、なりたいのは自分なのだと笑って言った。「周りに振り回されるのは嫌だから」「自分だけ、凛としていたい」「でもつい口が出ちゃうのよね」と。
メガネの……享には、何故か明らかに嫌われている。と思っていたら、クラスで一番頭がいい彼のテストの点を幸也がちょくちょく抜かしたからだ、と誰かが言っていた。中学入試を目指していて、塾にも通い自分が一番だと思っているらしい。
髪の長い……優香は、物静かな子。女の子の輪の中では少しは話をしているみたいだけど、他の子が混じると口をきかなくなる。
クラスで一番騒がしい……駿介は、あまり深く物事を考えない
同じく騒がしい女の子……和香奈は、かなりのおっちょこちょい。でも愛嬌があるからか、失敗してもみんな笑って許している。
幸也よりも背の低い……篤志は、小さいのにスポーツ万能で体育になるとものすごく張り切っている。休み時間もみんなを外に連れ出していく。
本当に一人一人違うのだ。そんな当たり前のことをほんとに今まで見ずにきていたのだ。当然、幸也に対する気持ちや態度もそれぞれなわけで。
卒業式の前日、クラスで色紙が配られた。全員が全員に一言メッセージを書くというもの。
幸也の色紙には
お前と仲良くなれてよかった!中学校でもよろしくな! 太一
太一らしくど真ん中に大きく書いている。
一匹狼でいてほしかったな。でも今の方がいい顔してる。これからもよろしくね 利美
几帳面な性格を表した丁寧な字。
辛気臭い顔しなくなったな!がんばれよ! 一樹
辛辣な言葉で幸也を傷つけていたけれど、うっとおしいと思っていたらしい。
お前になんか負けない 亨
どうしてもライバル視するようだ。
男ならもっとシャキッとしろよ! 奈津美
男子よりシャキッとしてる彼女には情けない男に映ってるんだろう。
もっとはじけろよ! 誠一
はじけすぎてる彼の真似はできそうにないけれど。
もうちょっとおしゃべりしたかったな。 和美
そんな風に思ってくれてたんだ。
卒業式までに一番ちびの座をゆずろう!! 篤志
……もうそんなに日がないけど。
お前ばっかりモテルな! 駿介
……? そんなこと言われる覚えはないけど。
本の虫。もうちょっとしゃべれよ。 すず
うん、これからがんばるよ。
今まで悪かったな。 武
こっちも悪かったよ。
お人形さんみたいだったのに。 悠紀
これは……どういう意味だろう?
中学校に行ったら、もうちょっとなじむ努力した方がいいよ。苛められるのは自分に原因がある時もあるんだからね。頑張ってね。 紗枝
ありがとう。がんばるよ。
一人一人が幸也を見ていた。”みんな”という塊ではなかった。
僕も、一人一人にきちんと応えられるようになろう。
木々の芽はずいぶんふくらんで、春はもうすぐそこまで来ている。
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