Ⅸ-5
翌朝、幸也がいつもより少し早く目を覚ましてリビングに行くと、佳代が泣き腫らした目をしていた。
「どうしたの?」
見ると佳代の膝にはもう動かないであろう、塊が二つ。
「今朝、起きたらもう冷たくて」
膝から下ろし、幸也に見せた。
仔猫はいつものように他の仔猫と重なりあって寝ていたのだろうか、タオルの上に置かれるには少し変な格好のまま、動かない。幸也はそっと仔猫を抱き上げた。冷たく固まってしまっている。
「何日もつかわからない」
最初に孝行に言われていた。獣医にそう言われたと。
幸也が拾った翌日、獣医に連れて行った孝行は、土曜の晩までそのままずっと面倒をみてくれていた。夜中にもミルクをあげて、保温にも気をつかって。幸也はそれどころじゃなかったし、夜中の授乳は無理だろうからと。
そして銀洋館で佳代と幸也の第一歩をお祝いしてくれたとき、幸也に返したのだ。
「明日からまた海外だから。佳代ちゃん、夜中は大変だろうけど、しばらくだしね。もう少し大きくなったら、夜はいらなくなるから頑張って面倒みてあげて」
そう言った後。
少しトーンを落として小さく呟いた。
「ただ、そこまでもつかどうか……」
孝行はおもむろに籠の中の仔猫に手を伸ばすと、眠っている仔猫の鼻先を指で撫ぜて小さくエールを送った。
「がんばれよ」
佳代と幸也は、そのときにある程度覚悟はしていた。
が、実際に仔猫が冷たく動かない塊になってしまっているのを見ると、やはりやるせない思いが胸に溢れかえる。
朝食はろくに喉を通らなかった。
「ぼく、拾ってきただけでなんにもしてあげられなかった……」
放課後、中学校へ向かう途中太一に話した。
「ミルクやったり、保温してやったりしてただろ?」
「でも、ミルクの間隔や保温の調節とか……全部おじさんとお母さんにまかせっきりで……。夜も……」
「自分でしてやらなかったから残る後悔も大きいかもしれないけどさ。お前がやってても、結果は同じだったと思うよ」
太一は歩きながら足元の小石をコツンと軽く蹴飛ばした。小石はころころと転がって数メートル先で止まった。
「お前が拾ったから、今日まで生きられたんだろ。あの時はっきり言わなかったけど、ほんとのとこ、俺、無理だと思ったんだ。抱き上げたときあんまり痩せすぎてて」
もう一つコツンと蹴飛ばして。
「お前が拾ってなかったら、あの日のうちに寒さでやられてたよ」
「でも、結局死んじゃった……」
「同じ死ぬんでも、最期まで空腹と寒さの中死んでいくのと、最期にお腹いっぱいであったかくしてもらって死ぬのとじゃ、だいぶ違うんじゃないかな」
胸の中の重苦しくやりきれない気持ちは消えてなくなりはしなかったけれど、励ましてくれようとしている太一の気持ちが嬉しかった。
残った三匹のうちの二匹も、その後二日ほどで死んでしまった。
そして生き残った最後の一匹は、結局太一の家で飼うことになった。太一から話を聞いた妹にせがまれたからであったが、幸也自身、生き物を飼うことに臆病になってしまったからでもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます