Ⅴ-2
真由美は授業が終わるとすぐに職員室に飛んでいき、部の顧問に欠席届を出した。そのときふと、一つのアイデアが閃いた。
そうだ。幸也をバスケット部に連れて来たらどうだろう。先生も先輩も優しいし、私自身もいつも側にいて見ていてあげられる。それに幸也はもう少し体を動かした方がいい。
真由美は華奢な幸也の身体を思い浮かべた。
幸也は小さいころから公園で遊ぶより家で絵本を読んでいる方が好きだった。小学校に上がってからも放課後や休みの日に外で走り回って遊ぶことはなかったから色も白くて、女の子と間違われることも多々あった。
よく姉妹に間違われたっけ。
懐かしく思い出しながら、記憶をたどる。
でも、体育はちゃんとしてた? ような気がする。今まで意識していなかったから記憶はおぼろげだが、体育が特に嫌いだとか苦手だとかいう話は聞いたことがない。成績も普通だったよね?それなら、ボールを追いかけることに興味を覚えたら、自然と他人に心を開いていけるだろう。
思い立ったらなんでもすぐに実行していく真由美は、その場で顧問に相談してみた。
「私の一存では決められることではないけれど、確かになんとかしてあげたいわね」
しばらく思案顔で窓外に目をやっていたその体育教師は、もう一度真由美に視線を戻したときには、意を決した様子できっぱりと言った。
「いいわ。連れていらっしゃい。その子にとって、そうするのが一番いいのかどうかはわからないけど、うちの部の子たちはみんな、彼を受け入れてあげることができるでしょうからね。……何かあったときには私が責任をとるから、連れてきてあげなさい」
「ありがとうございます!!」
真由美は溢れだす嬉しさに、満面の笑みで心からお礼を言った。
この教師が真由美は大好きだった。こうして生徒の頼みごとをいつでも快く引き受けてくれるし、それが自分にできないときは曖昧な返事でごまかしたりせずに、できないとはっきりと言ってくれる。目上の者にでも間違っているときはきちんとそれを指摘できる。その上まだほんの子供の自分たちの意見をも決して軽んじたりしたことはない。
八重子も学校ではこんな教師なのだろうかと思うと、それが誇らしくもあり、またこの教師に親しみも湧いてくるのだった。
歓喜に胸を躍らせてその場を辞すると、真由美は急ぎ足で小学校へ向かった。校門で待っている幸也にこの話をしたら、どんな顔をするだろう。やっぱりいつものように戸惑って嬉しいとも嫌だともいえないはにかんだような表情を浮かべるだろうか。
その様を想像してほくほくと笑顔で急ぐ。
「マミさん!!」
校門が見える角まで来た途端に、大声で呼ばれた。声のした方に目を向けると、校門の前が何やら騒がしい。小走りで駆け寄ると、そこにかたまっていた少年たちはみな一斉に目を伏せた。
「何かあったの?」
幸也の姿が見えないことに胸騒ぎを覚えながらも、平静を装って訊いてみたが誰も返事をしない。
もう一度真由美が口を開きかけたとき、少年たちをにらみつけて対峙していた晴香が気まずい沈黙を破った。
「みんな、ひどいのよ」
「ひどいって?」
晴香はちらりと横目で少年たちを見やって続けた。
「よってたかって小野瀬くんをいじめるんだもの!」
「いじめるって……なにしたの?」
「いっぱい悪口言ったのよ!」
「だって、マミさんが悪いんだよ」
「俺たちとは最近全然遊んでくれないのにさ」
「そうだよ。あいつだけひいきするんだもん」
やはり後ろめたいのか真由美の視線を避けて足元に目を落としたまま、少年たちはぼそぼそと言い訳をはじめた。それらの無神経な言葉がどれだけ真由美を傷つけるのか、彼らは気づいていない。
「ごめん」
真由美が頭を下げると、それまで言い訳していた少年たちは口を閉じた。
「あたしが悪かったんなら謝る。でも、文句を言うなら直接あたしに言って。悪いのはあたしで、幸也じゃないんでしょう? あの子が言い返さないからって、何を言ってもいいっていうの? それじゃあ、ただの弱いもの苛めじゃないの」
声は柔らかいが、真由美の言葉は少年たちの胸にずんと重く響いた。
「……ごめんなさい」
一人が素直に言葉にして頭を下げると、だんだん後悔に身をつまされてきていた少年たちは、一人を除いて順々に頭を下げていった。
「あたしが悪いときは、あたしにそう言って。あたしも気をつけるようにするから」
みんなを見渡してもう一度繰り返したが、伏し目がちの少年たちの中で一人頭を下げなかった少年だけが真っ直ぐに真由美の目を見ていて、二人の視線がからまった。
少年の瞳には後悔の色がなかった。が、かといって傲慢な態度で不貞腐れたように真由美を睨んでいるわけでもない。彼の瞳には、この場に似つかわしくない憂愁が浮かんでいる。その理由がなんなのか、真由美にはわからなかった。
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