Ⅱ-4
真由美は幸也の家を出ると、涙が零れそうになるのをぐっと歯を喰いしばって堪えた。ともすればしゃがみこんで泣いてしまいそうになるのを、なんとか耐えてゆっくりと歩き、帰る途中にあるさっきの公園までたどりつくと、同じベンチに腰掛けた。
足元の虫の音は、あちらこちらから聞こえてきて先ほどより数が増したかと思われる。静かな夜に重なり合うように鳴く音色は、もの哀しく胸に響く。
空を見上げると、いつの間にわいてきたのか今にも降りだしそうなどんよりとした雲が低くたれこめている。重く暗い色をした雲は、街の灯りをうけてところどころ白っぽかったり桃色がかったりしている。
街の灯りはこんなにも、雲をも染めるほどに明るいのに、幸也の家の灯りはちっとも明るくない。真由美の心を照らすどころか闇へと導いてしまう。
自己満足、かぁ。そんなつもりはないんだけど、幸也にはそう見えてしまうのかなぁ。
でも、幸也の反応にこんなに左右されてしまうってのは、自分ではそう思ってないつもりでもやっぱり見返りを求めてるってことなのかなぁ。
……うん、確かに求めてるかもしれない。幸也の笑顔っていう見返りを。
見返りというよりも希望に近いかな。単純にあたしは幸也の笑顔が見たいだけ。ただそれだけなのに……。どうすればわかってもらえるのかなぁ。
やるせない思いを胸に抱えたままで、自分を励ますように小声で呟く。
「強く、逞しく、しなやかに。傷つくのを恐れてたら何もできない。……自分が傷つくのは構わないけど。……間違ってないよね?」
数時間前、この同じ場所であかりが言ってくれた言葉を思い出す。
『マミは、もっと自分に自信を持たなくっちゃ駄目だよ。自分にというより自分のしていることに』
朱里がこうして保証してくれていることに自信を持って、自分自身に言い聞かせるように数度繰り返す。
「あたしは間違ってない。あたしは、間違ってない……」
呪文のように繰り返しながら、何があってもぐらついたりしない強さがほしいと思った。自分にはそういう強さが欠けているのが解っていたから。
真由美は空を覆う厚い雲を見透かすような気持ちで、その向こうにある星空を胸に思い描こうとした。
雨が降っても風が吹いても、ここから見えても見えなくても──昼間でさえも、必ず変わらぬまま存在する大宇宙。暗く吸い込まれるような闇の中に砂粒を散りばめたかにみえる星々が、小さいながらも力強く輝いて大いなる力をうちに秘めている。
今は見えない星空を心の眼で見つめて真由美は、そういう大宇宙のような絶対的な存在になりたいと願った。
何があっても変わらない心で、幸也を見守ってゆきたい。おばあちゃんもどこか──あの大宇宙のようなところできっと見ていてくれてるよね。
祈りをこめて空を見上げる真由美の頬に、ぽつりと一滴の雨が降ってきた。とみる間にぽつりぽつりと辺りの地面にも落ちてきはじめた。
「空がかわりに泣いてくれるんだね。だったら、あたしはもう笑ってなくっちゃね」
そう言って真由美は空に向かって微笑んで見せた。
「おばあちゃん。そこで見ててね。あたしが負けてしまわないように。強い人間でいられるように、ずっと見ててね」
雨足が次第に強くなってゆく中を、真由美は小走りに家へ急いだ。虫の音はいつの間にか止んでいた。
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