episode5―12



ちぅちぅ…と音を立てて、無言で血を吸う

レヴァン。


「ごめんってば…」


そんな様子を苦笑いしながらズィマは

レヴァンの体を優しく撫でながら宥める。


「団長に話を聞いて解ったのは、この街で

雇ったのは7人、その内1人は思ってた

よりキツい仕事だったらしく早々に根を

あげて辞めたから、今残っているのが

俺を入れて6人らしい」


『実質、5人ということですね』


そこまで説明して、ようやくレヴァンは

顔を上げる。

満足するまで血を飲んで、機嫌が直った

らしい。


「キッチンスタッフのジーネ、グッズ

チケット販売のセルディ、チケットもぎり

兼席案内のミリア、会場内一般清掃の

ヴィクターとボリスの5人が千秋楽までの

契約らしい」


ズィマが指折り数えながら5人の名前を

上げ、ロウから聞いた人物像を順に

挙げていく。


ジーネは一言も二言も多いが、団員達の

食事を作ったり運んだり忙しいのに手を

抜かず、てきぱきと動く働き者で何よりも

食事が美味しいと評判らしい。


セルディはサーカス内に宿泊せず仕事の

時間だけ来る形態なので、団員の中には

特別親しい者はいないようだが、そこそこ

美丈夫な青年らしい。

調子が良すぎるのがたまに傷だが、笑顔で

明るく接するのでお客さんにも好評だと

いう。


ミリアは一応成人ではあるのだが、見た目

が一見少女のように小柄で愛らしいせいか

甘やかされて育ったようで子供みたいに

我儘な面があるらしい。

だが、ちまちま小動物のように動く様が

団員達の癒しになっているらしく、よく

餌付けされてたり可愛がられる様子が

見られるそうだ。


ヴィクターとボリスは厳つい顔で無口の

大柄な兄弟でどことなく怖いイメージが

あるが、単に照れ屋なだけで話しかけると

意外に気さくで仕事も真面目にこなすので

団員達に何かと好かれているらしい。


「団長曰く、いずれの人物も評判は良く

こんな人を傷つける罠を設置するような

人物には見えない…ってことだ」


どうする?レヴァン、とズィマは尋ねる。


確かに話を聞いている限り、多少クセは

あるようだが誰も人を傷つけるような事を

するような人物には思えない感じがする。

見当違いだったのだろうか?


しかし、闇雲に手がかりもなく探すのも

難しい。


…今はこの人物達を調べていくしかない。


『とりあえず、外に行ったり会場内を

動き回る範囲が広いと思われる3人の

男性達や、他のテントは僕の眷族達に

見張らせましょう。

ズィマは仕事の合間にキッチンに居る事が

多いジーネを、僕は会場内に居る事が多い

ミリアを見ていれば監視効率は良さそう

ですね』


「う~ん、ジーネさんかぁ…」


そんなレヴァンの提案に微妙に難色を示す

ズィマ。

どうやら色々一言も二言も多い彼女に色々

言われたりしたおかげですっかり苦手意識

を持ってしまったようだった。

…かといって食堂に蝙蝠が居着いては

すぐにホウキで追い出されてしまうのが

オチだろう。


別にわざわざ話す必要もない、遠くから

さりげなく行動を見ていれば良いという

レヴァンの説得にズィマは苦笑いを

しながら渋々了承する。


『明日、どの人が誰というのを教えて

もらい次第見張りを……っ!』


「すいませんズィマさん? ロウですけど

まだ起きていらっしゃいますか」


レヴァンが何かに気付き、急に声を潜めて

黙ったタイミングでテントの入り口から

声が掛かる。


ズィマはレヴァンを慌てて毛布の影に

隠し、ロウを部屋に招き入れた。


「夜分にすみません。

明日の作業なんですが、獅子達を舞台で

運動させるので掃除を始める前に移動の

手伝いを…って、ズィマさん…腕から

血が出てるじゃないですか!」


そう言われて、何気なく自分の腕を見れば

つい先程までレヴァンが飲んでいた場所

から血がつつぅ…と流れている。


「あー…まだ止まってなかったのかー…」


いつもの事だし、すぐに傷痕も消えるから

気にもしなかったのだが、ロウには大層な

怪我に見えたらしい。


大丈夫と言葉を発する前にロウはズィマに

走り寄り、彼の腕を反射的にパッと掴むと

傷口を自分の口に含んだ。


「だ、団長…っ! 何してるんですか!」


想像範囲外の行動。

慌ててズィマは自分の腕を引き戻そうと

するのだが、それに構わずロウは唇を

離そうとしない。


バチーン!


そんな動揺するズィマの後ろに隠れていた

レヴァンが突然ロウの顔めがけて体当たり

をした。


「…痛っ?!」


咄嗟の事で何が起こったのかわからず

ロウは思わずズィマの腕から唇を離して

仰け反る。


「レヴァン!」


レヴァンは回転しながらもズィマの手元へ

舞い戻り、ズィマの腕を庇うように羽を

拡げて威嚇した。


「…だ、団長…? 大丈夫ですか」


しばらく呆けていたロウに、ズィマが恐る

恐る話しかけると、ようやく正気を取り

戻したようで、レヴァンにぶつかられた

ところを擦って痛みを散らす。


「痛た…、あぁ…いや、すいません。

早く血を早く止めないといけないと思って

咄嗟に…って、えっ…?」


ロウはそこでようやく自分にぶつかって

きた正体と目が合った。


普通の蝙蝠よりも一回り大きい、真っ白な

蝙蝠。


血の色に似た紅色の大きな瞳。

どことなくこの世に存在しない不気味さを

感じ、ロウは小さく体を震わせる。


レヴァンはそんな萎縮するロウを一瞥した

後、ズィマの傷口をまるで消毒するかの

ように舌で舐め始めた。



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