episode5―11



『これだけ短期間で立て続けに事故に

見せかけて仕掛けるというのは、恐らく

犯人には時間が無いんですよ。

ですから狙うのに時間が無い人を絞った

方が効率は良いかなと』


レヴァンはあっさり言い放った。


確かにいつも一緒に行動している団員なら

こんな目立つ方法や短期間に狙うよりも、

一人で居るタイミングを見計らって仕掛け

た方が失敗するリスクは少ないはず。


また失敗した後、即仕掛けるより忘れた

頃に仕掛けた方が良いに決まっている。


「じゃぁ俺は団長を守りつつ、この街で

雇われた人を調べれば良い訳だな」


『まぁ、それが見せ掛けで実は団員が、

外部の者が…ということも一応考えられ

なくはありませんけど手掛かりが無い以上

そこから調べるのが定石でしょうね』


サーカスの仕事は殆ど自分達が賄っている

と言っていたので、罠を仕掛けるにしても

本当の団員ならばもう少し器用に仕掛け

られるだろう。


また、外部の者が仕掛けるには短期間に

誰にも見咎められずというのは不可能に

近い…というのがレヴァンの見解だった。


『相手の狙いがわからない以上、慎重に

動いてくださいね』


ロウへの個人的恨みか、サーカスを潰す

のが目的なのか…


どちらにしても、大きな被害をもたらす

事故を故意に引き起こそうとするのは

頂けない。


「レヴァンも引き続き、見張り頼むね」


『はいはい、これ以上面倒な事が無い事を

祈りますよ』


レヴァンはそう言い残してバサバサと

白い翼を広げて舞台の天井梁に向かって

羽ばたいていく。


「さぁて、とりあえずこの公演を無事に

終らせてからの話だな」


ウーンと伸びをして、舞台へ再び目を

向けた。


舞台で見れば華やかな夢の世界。

しかし、その夢の世界を作り出すには

大勢の団員達の苦労や努力が必要になる。


舞台に立つ者、裏方関わらず自分の持てる

能力を発揮してお客様を楽しませる為、

日々辛い練習や精進を怠る事はしない。


そんな皆の努力を無にするなど、許される

ものではない。

どんな理由があったとしても…


舞台ではロウと団員がライトの位置と

登場する位置を確認したり、客席の柵が

弛んでいないか調べたりしている。


その表情は真剣そのものである。


人情味があって優しくて、少しドジな面は

あるが根は真面目で明るい。

ロウの笑顔が頭を過ぎる。


「…今度こそ傷つけさせない」


ズィマはロウの姿に、昔世話になった

優しく大切だった人間の家族の面影を

重ねるのであった。



――響く歓声。


舞台に響く割れんばかりの拍手の音。


ロウが狙われたりと色々あって長く感じた

今日の公演も、すべてのプログラムが

ようやく終了した。


観客の反応を見れば、わざわざ誰かに

聞かなくとも今日も上々だったとわかる。


舞台袖に戻ってきた団員達の顔も総じて

明るく見えたので、演技も気持ちよく

できたのだろう。


舞台のスポットライトが消え、客席が

明るくなり、人々が興奮冷めやらぬまま

出口へと向かっていく。


少しばかりの寂しさを含んだ閉演の音楽が

流れる中、ロウが出口で一人一人への

挨拶をして見送っている。

そして笑顔で戻ってきた姿を見てようやく

ズィマはホッ…と胸を撫で下ろしたの

だった。


団員達を集め、次の公演へ向けての指示や

簡単な反省会を行った後、あちこちで

彼らのリラックスした声が上がる。

その和の中にはもちろんロウもいて、

団員達とスキンシップを取り合い互いに

労りあっていた。


そんな様子を見ていると、彼がどれだけ

団員達に慕われているかがよくわかる。


「ズィマさん!」


ロウは、テントの柱の近くにいたズィマを

見つけて彼に向かって大きく手を振り

近付いてくる。


公演お疲れ様でした、とズィマが声を

掛けるとロウは回りに聞こえないように

声を潜めて礼を言った。


「ズィマさんがずっと舞台袖から見守って

下さっていたので安心して演技ができま

したよ」


「いや、俺は特に何も…」


真正面からお礼など言われると何か

恥ずかしいらしくゴニョゴニョと語尾を

濁すズィマにロウは笑顔を向ける。


「動物達を寝床に連れて行ってから、飯を

一緒に食べませんか?」


「良いですね! 俺も丁度団長に聞きたい

事もありましたし…」


「……?」



―――



――



『おかえり、ズィマ。

随分とのんびりだったじゃないですか』


上から声を掛けられ見上げれば、部屋の

梁にひっそりと佇む蝙蝠姿のレヴァンが

ズィマを見下ろしていた。


「ごめん、色々聞いてたら気付いたら

こんな時間に…」


団長に色々聞いているうちに、違う話へ

逸れたりして思ったよりも遅くなって

しまったのでこれでも慌てて帰って来た

つもりだったのだが。


不機嫌そうに舞い降りてくるレヴァンを

ズィマは手のひらで受け止める。


機嫌を取るようにくりくりと人差し指で

頭を撫でるが、彼は拗ねるように無言で

ズィマの腕に噛みついた。


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