episode5―10



先程まで落ち着きなくウロウロしていた

獅子達も、カーゴの中ではすっかり

大人しくなり座ってくつろいでいる。


二人はガラガラとカーゴを引く音を立て、

舞台袖の控室へと運び込んだ。


「団長、大丈夫ですか?」


「えぇ…心配してくださってありがとう

ございます」


まだ顔色を悪くしているロウへ、ズィマは

声を掛ければ、彼は軽く微笑みを返す。

そして声を潜めて彼は言葉を続けた。


「ズィマさん、故意にテントが倒れる

ように仕掛けられていた事はしばらく

言わないで頂けませんか?」


真剣な眼差し。

団員を信じたい、動揺をさせたくないと

いう気持ちが強いのだろう。


「…良いんですか? 一歩間違えれば…」


「団員全員で事故防止策としてテントなど

危険な場所を毎日チェックする習慣を

つければ、そう易々と仕掛けることは

難しくなります」


それに…と言葉を繋ぎ、舞台へと視線を

移す。


「もし、団員の内の誰かが仕掛けたのなら

理由を聞いて、説得したい。

今、公表すれば単なる犯人探しになって

説得する機会を失いそうで…」


甘いことを言っている事はわかっていると

ロウは苦笑をした。


どこまでも他人に優しい人間。


このような人間が大多数を占めていたなら

きっと人間と人成らざる者は共存共栄が

できただろうに…


「わかりました、団員には言いません。

でも、俺た…いや、俺は貴方を守る為に

勝手に調べて動きますから」


ズィマの言葉に驚き、目を見開くロウ。


お礼を言おうとするロウの口元をズィマは

人差し指で塞いで遮り、首を横に振った。


「ズィマさん…決して無理はなさらないで

くださいね」


ロウはしばらくズィマを見つめていたが

やがて深々とおじきをし、舞台へと

向かっていく。



『…ずいぶんと忙しいお人だ』



ズィマが居る場所に近い梁に白い蝙蝠が

留まる。


「レヴァン…どうだった?」


ズィマが見上げて蝙蝠姿のレヴァンに

問えば、彼は辺りを窺いながら小声で

話し始める。


『罠らしき物は先程の場所の他に二ヶ所

いつでも発動できるような状態の物と、

設置しようとしてどうやらできなかったと

思われる箇所が三ヶ所ありましたよ。

いずれも団長が必ず毎日入る場所ですね。

あ、解除はしてありますから心配なく』


ズィマはレヴァンの手際の良さに感嘆の

口笛を鳴らした。


『罠の仕掛け方は粗雑、でも計画的で作動

すれば確実に大事に至るような物です。

説得とか改心とか悠長な事を言ってる場合

ではないのですがねぇ』


レヴァンは呆れ調子で呟く。


「それでもあの人は一緒にやってきた

団員を信じたいんだよ」


『その優しさで身を滅ぼさなければ

良いんですがね』


バサバサと翼を振るわせる蝙蝠姿の

レヴァンは、まるで肩を竦めたように

見えた。


彼のの少しばかりトゲのある言葉に苦笑

して、ロウの向かった舞台へと視線を

投げ掛けるズィマ。

舞台では団員達による最終のリハーサルが

始まっていた。


例え練習であったとしても食堂や舞台の

裏で見るような明るくふざけた顔をする

ような者は一人もいない。

自分達の最高の演技を観客へ届ける為に

誰もが努力をしている。


それをロウは恐らく一番よく知っているの

だろう。

だからこそ皆を信じたいと思うし、その

努力を披露する場所を守りたいのだ…


「…ねぇレヴァン、本当にサーカス団員が

仕掛けたんだと思う?」


『さぁ? 練習している姿を見ている限り

サーカスを潰したいと思って練習して

いそうな方は見当たりませんけどね』


何度見回しても、誰もが真剣に練習に

励む姿。


「邪魔」


突然遥か上から低い声が降ってきた。

反射的に振り向き見上げれば、ズィマに

覆い被さる程大きな男が不機嫌そうな顔で

見ている。

彼の両手にはきっとズィマやレヴァンが

二人係りでも持てないであろう重そうな

大道具を抱えていた。


「準備の邪魔」


あまりの迫力に思わず息を飲み、硬直する

ズィマ。

大男はそんな反応される事に慣れて居る

ようで、それだけ言うとズィマの横を

すり抜けて舞台へと荷物を運ぶ。


「す、すみません…」


大男に向かって慌てて謝るが、既に遠くて

聞こえていないらしく、返事は返って

こない。


『彼は?』


「舞台の大道具を作っているアレックス。

無口で無愛想だけど、彼が居ないとこの

サーカスは成り立たないと言われてる程

腕は超一流らしいよ?」


舞台で観客に見てもらう一瞬の華やかさは

団員全員の毎日の地道な努力の結晶なのだ

とロウが言っていたのを、スタッフ紹介

してもらった時に言われたな…とズィマは

思い出した。


『ところで、サーカス団員の人数は裏方

含めてどの程度いらっしゃるんですか?』


ズィマはレヴァンの質問にううむ…と首を

傾げる。


「裏方さんとか面識無い人も多いからな、

団長は小さなサーカスだからそんなに人が

居ないって言ってたけど。

それでも正規団員だけでも50人近くは

居るみたい。

一人一人当たって行くのも大変そうだし

なぁ…」


『正規の団員を除いた、この街で採用

されたスタッフは?』


「んー…、確か団員の世話をする人とか

誰でもできる雑用をする人を補佐的に雇う

って言ってたから、多分そんなたくさんの

人数ではないと思うけど、なんで?」


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