episode5―9



「今日は随分落ち着かないみたいだな?

大丈夫、いつも通りで良いんだぞ?」


獅子達の部屋に向かえば、ロウが丁度

檻の前でウロウロ落ち着きを無くしている

獅子達に優しく話し掛けている所だった。


「団長?」


「あぁ、ズィマさん! 丁度良かった。

これから獅子達の移動があるので……」


「舞台袖の控室へ連れて行くんですよね?

ジーネさんから伺ったので手伝いに

きました」


ロウは満面の笑みを浮かべながら、ズィマ

に向かって一礼をする。


「助かります! この作業は一人だと時間が掛かって大変なんですよ…」


大きなカーゴを獅子達の檻へ寄せて、

獅子達を移動させ、カーゴごと舞台袖へ

運ぶ。


いつもなら大人しく自分の役割をわかって

いる獅子達は賢く素直に聞いてくれるよう

で、カーゴへ移動させるのは実は他の動物

達よりは意外と難しくないらしい。


だが、長年使ってきているカーゴが重く

そのせいで移動させる前の準備に時間が

掛かるのだとロウは言う。


「新しく備品を買い替えたいのが沢山

ありすぎて、どうしても使える物は

後回しになってしまうんですよね」


そう言いながらガタガタとカーゴを

動かそうとするが、何処かに引っ掛かって

いるらしく動かない。


「…俺が動かしてみましょうか?」


ズィマがそう言ってカーゴへ手を掛けると

獅子達が急に唸り声を上げて威嚇をして

きた。


「……!」


「おかしいですね…いつもなら大人しく

素直に移動してくれるのに、こんなことは

初めてですよ」


獅子達の様子に戸惑いを隠せないロウ。

その時、眼前に白い大きな蝙蝠が二人の

視界を遮るように飛び回った。


…レヴァン?!


「わぁ! えっ、白い蝙蝠?」


突然現れた蝙蝠に驚くロウ。


条件反射のごとく腕を振るが、蝙蝠は

小馬鹿にするようにヒラヒラと振り回す

腕をすり抜けていく。


「団長、ストップ! もしかしたら何か

を教えてくれているのかもしれません」


「えっ」


ズィマの言葉に蝙蝠は彼の周囲を何周か

回った後、檻の裏手へと誘うように

ヒラヒラと舞い進んだ。


ズィマは、その後を追うように慎重に

向かう。


蝙蝠が指し示した場所は物が積み上げ

られた別段特に変わりの無い荷物の

置場所。

ズィマは蝙蝠へ視線をやれば、よく見ろと

ばかりにヒラヒラと舞い踊る。


箱、ロープ、演技の小道具…とズィマは

もう一度、一つ一つに目を凝らし…


「…これはっ……」


ズィマは思わず息を飲んだ。


「ズィマさん…一体何が…」


「団長、カーゴに触らずこちらへ来て

頂けませんか?」


ズィマの固い声色に、ロウはゴクリと

息を飲み、恐る恐るズィマの方へと

近付いていく。


「これを見ていただけますか?」


ズィマが指し示した荷物の山。


「不自然に伸びるこのロープを辿って

いくとここに繋がるんですよ」


そこにはテントを支える柱。

このような大型のテントは一本の柱が

折れてもすぐには倒れるものではない。

だが、このテントは…


「荷物で巧妙に隠してあるようですが、

どうやら他の柱の支えを外してあって

実質このテントはここ一本で支えていた

ようです。

途中でロープが引っ掛かっていたから

カーゴが動かなかったんで、気付きました

けど、これがもし動いていたら…」


ロウは、青ざめていた。


小道具を置いていたような小さなテントで

さえ怪我人が出たのである。

このような大型のテントが同じように

崩れれば、単純な怪我ではきっと済まない

だろう。


しかも、明らかに人為的。

このテントに出入りするのは決まった

団員しか入らない場所である。

そして頻繁によく訪れ、このカーゴを運ぶ

役割なのは猛獣遣いであるロウである事は

誰もが知っていた…


ロウは身震いした。


「この荷物は俺が来た時からこういう風に

置かれていたと記憶しています。

以前から計画的に仕掛けられていた物かも

しれません」


「…えぇ、ズィマさんの言うように

ここで設営してから気付いた頃には既に

荷物はこんな風になっていたと思います…

でも、どうして…」


そう言って項垂れ崩れ落ちたロウに掛ける

言葉もなく、ただズィマは無言で外されて

いた支えを一つ一つしっかり嵌め直して

いく。


「…サーカス、今日はどうしますか?」


未だ放心に近い状態のロウへ、横目で

問いかければ、彼はハッとズィマを見て

我を取り戻した。


「…お客さんを…

楽しみにしてくださっているお客さんを

ガッカリさせる訳にはいかない」


ゆっくり顔を上げ、立ち上がる。


「ズィマさん、獅子達の移動を手伝って

ください」


とりあえず、吹っ切ったようだ。


仕掛けからちゃんと外したカーゴに獅子達

を乗せ、ズィマと団長は舞台裏の控室へと

向かった。




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