episode5―8



怒りをぶつけぬよう、できるだけ感情的に

ならないよう…静かに問うレヴァン。


ズィマには自分を心配しているからこその

キツい言葉だというのもわかってはいる。


けれど…


「さっき居た人がここのサーカスの団長で

ドジな所はあるけれど、良い人なんだ。

一宿一飯の恩義にはせめて応えたい」


ズィマは真っ直ぐにレヴァンを見つめる。



『人間の世界で生きる事を選んだ理由に

答えるとするなら、俺達より短い寿命を

懸命に生きてる人間達が好きだから…

かな?

…例え、俺の本当の姿を受け入れて

もらえなくても…ね』


レヴァンはいつかズィマから聞いた言葉を

反芻していた。


ズィマは本当に人間達が好きなのだ。


優しくしてくれた人間が困っているのに

見過ごす事など彼にはできないだろう。

例え、自分が傷付いたとしても彼等の為に

多分努力を惜しまない。


レヴァンはため息を一つつき、ズィマに

背中を向けた。


「言い出したら聞かないのは嫌ってほど

知ってます」


その性質でレヴァンを困らせているという

事はどうやら自分でも思い当たる節がある

ようで、ズィマは申し訳なさそうに目を

背けて俯いた。


「全く貴方を一人にしておくと本当に何を

するかわかったものじゃない。

…さっさと問題片付けて帰りますよ」


「レヴァン…?」


チラリと顔だけズィマへ向けながら

レヴァンは呆れた様子で言い放つ。


「団長への恩とやらを返したら首に縄を

つけてでも連れて帰りますからね!」


レヴァンのその言葉を聞き、ズィマの顔が

パァッと華やいだ。


…こんな表情を見せられては、怒る気も

失せるというもの。

やはりズィマに対して疎まれる程強く出る

のは今すぐには無理そうである。


「ごめんね、ありがとう。

…迷惑掛けついでに一つお願いしても

いい?」


小首を傾げながら上目遣いでお願いをする

ズィマ。


「迂闊につまみ食いなんてするものでは

ありませんね…」


レヴァンは諦め混じりで大きくため息を

ついた。



………


~♪ ~~♪


華やかな音楽が辺りに響き渡る。


開場時間にはまだ幾分、間はあるのだが

サーカスの公演を楽しみにしている人々が

周辺には集まり始めていた。


派手な色の衣装に身を包んだピエロ達が

そんな人々を楽しませようと、大道芸を

披露している。


「本日の公演プログラムはこちらですー

当日券も只今窓口で販売しておりますー」


ズィマはそんな人通りの多い場所でチラシ

を配りつつ、壊れた人形のごとく同じ事を

繰り返し叫びながら立っていた。


目が大きく、くりくりっとした可愛い

獅子の着ぐるみを着て…――


もさもさフカフカの毛並みに愛らしい顔、

その獅子の口の奥にズィマの目が見える。


視界が狭められているため、全体像が

鏡では見えなかったので、着替える時に

レヴァンに見てもらったのだが…


『ヒッ…狼が…こんな、アハハ、獅子の

可愛らしい…着ぐるみを着るとはっ…

なんてシュールな光景…っ!』


…と、つい先程まで眉根を寄せて難しい

顔をしていたというのに、この姿を見た

途端、レヴァンが体を折り曲げて酸欠に

なりながら声が出なくなるほど笑っていた

のでかなり滑稽な姿なのだろう。


レヴァンがあんなに笑う所なんて出会って

から初めて見た気がする…

そんな事をぼんやりと考えながらもチラシ

を配っていると後ろからポンポンと肩を

叩かれた。


「ズィマさん、お仕事どうですか?」


不意に声を掛けられたが、視界が狭いので

後ろに回られると声でしか判別できない。


「ふふっ、ずっとその着ぐるみ被ってたら

元の顔よりモテるんじゃないですか?」


あぁ、その一言も二言も多い言い回しは

まさしくジーネさんだ…


「ジーネさん…」


「あらやだ、正直に言っちゃったわ」


「……」


…内心どっちの言葉も結構酷いなとは

思いながらも突っ込むと何倍にも返って

来そうな気がした為、ズィマはぐっと

言葉を飲み込み、なんとか冷静さを保つ。


「ここはやりますので、ズィマさんは

団長の手伝いしてきてくださいな」


弾んだ声でズィマからチラシを取り上げて

裏へ行くように勧めるジーネ。


「団長の手伝い?」


「そろそろ獅子達が舞台袖の控室へ移動

する時間なんですよ。

一人でカーゴ動かすのも大変ですからね?

…本日公演のプログラムはこちらで配付

しておりまぁすー」


言いたい事を言い終わるとジーネは

一方的に会話を終らせ、さっきまでズィマ

がやっていた仕事を始めた。


まぁ団長の様子も気になるし、着ぐるみを

脱げるのならこちらにとっても都合が

良い。


ズィマはジーネにここの仕事を任せ、

大きな着ぐるみの体を揺らしながら裏へと

向かった。



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