episode5―7



「……怪我人?」


ロウがズィマの元へとやって来たのは、

掃除などのできる仕事を一通り片付けて、

与えられた小さなテントで休憩している時

だった。


「あぁ、ズィマさん…本当は完全裏方の

雑務だけというつもりだったのですが、

そういう事情なので申し訳ないのですが

チラシ配り等の仕事もお願いしても良い

でしょうか?」


彼は疲れた顔でズィマに頭を下げる。

きっと、予定外の事が起きて対応に追われ

ていたのだろう。


「構いませんが、どうして怪我なんか…」


ズィマが尋ねれば、ロウは申し訳なさそう

に答える。


「それが、小道具テントを設置する際に

崩れて団員が下敷きになってしまって…

幸い怪我は軽いのですが足を捻ったらしく

仕事ができなくて」


俺の管理が至らないばかりに…と苦々しく

呟くロウ。

ズィマもそんな彼の姿に心を痛めるが…


「ロウ団長、俺を雇う前も怪我人が出て

いませんでしたか?」


このサーカスに雇われた理由が元々団員に

怪我人が出たからという話で始まった。

いくら危険が付き物という舞台でこんなに

頻繁に怪我人など出るのだろうか?


ロウはしばらく黙って俯いていたのだが

やがて決心したらしく重い口を開いた。


「実はこの街で公演を始めた当初から

団内で不審な出来事が起こったり、何故か

怪我人が立て続けに出ていまして…」


躊躇いながらもロウはポツリポツリと

話し始める。


「最初は特に公演に支障のない程度の

怪我だったりしたので誰も気にも

しなかったのですが、その内に荷物が

崩れる等の事故が起こりまして」


ロウ達は小規模だとはいえ、毎日毎回

同じ事を繰り返してきた謂わばプロ。


荷物を詰むのも、テントを張るのも

サーカスを始めたばかりのど素人では

ない。

たまたま一度起こるのなら、人因による

ミスとして有り得ないことではないかも

しれないが、こう立て続けに起こるのは

明らかにおかしいという。


「獅子達の檻の扉が開けられていたり等も

あって、毎日確認していたのですが千秋楽

が近付くにつれ段々巧妙に…」


頭の良い獅子達はいつもの様子と違う事に

いぶかしんだのであろう。

扉が開いていたにも関わらず檻の外へ

出なかった為、パニックにならずに済んだ

と言うが、一歩間違えれば大変な事に

なっていたに違いない。


天井を見上げて思い出していたロウが

首を振ってため息をついた。


「いや、もう次の事故はありませんよ。

…俺が起こさせません。

だから心配しないでください」


決意を宿した瞳でズィマを見る。

いざとなれば自分を盾にしても守る…そう

言っているような気がした。


「ロウ団長…」


「余計な事を言ってしまいましたね、

すみません。

昼頃にまた迎えに来ますので、それまでに

これに着替えておいてくださいね」


手に持っていた大きな着替えをベッドに

置いて、ズィマに一礼をしてテントを出て

いくロウ。


その顔には柔和な笑顔が戻っていた。


ロウが出ていった後、ズィマはため息を

つきながらベッドへ腰を掛けた。


愚痴を聞いただけという形だが、これだけ

知ってしまっては心配するなという方が

無理な話。


あの様子からして他の団員にはごく身近な

者達以外は単なる不運な事故が重なった

としか伝えていないのかもしれない。


ロウが傷付く姿を想像してズィマは眉根を

寄せる。


もう、知っている者達が傷付く姿は見たく

ない…



『随分と馴染んでいるじゃないですか』


「…っ!」


誰もいないはずの室内に馴染みのある

声が響き渡る。


ズィマが辺りを見回し、上を見上げれば

真っ白な蝙蝠が梁に留まっている姿が

目に入った。


驚き惑うズィマに構わず、その白い蝙蝠は

大きく羽を広げて旋回しながら降りて

くる。

そして蝙蝠がズィマの背の高さまで降りて来たと思った次の瞬間、大きな白い布が

放射線状に広がり…やがてそれはマントを

羽織った人の形を作りだした。


「レヴァン…っ…」


現れたのはレヴァン。


白いマントを翻し、カツカツと靴音を

鳴らし彼はズィマの方へと近付いていく。

表情は何処と無く硬く、目は到底笑って

いるようには見えない。


「…捜しましたよ。

家出をしてどこ彷徨き回っているかと

思えば、こんな人目の多いサーカス

なんかで世話になっているし…一体貴方は

何をやってるんですか」


目を丸くして硬直し、驚くズィマへ冷たい

視線を投げ掛け、レヴァンは睨みつけた。


「捜してくれたんだ…」


「僕をこの世でたった一人の相棒を心配

しない冷血漢とでも思いましたか?

貴方に何かあったら僕は…っ…」


何かを言いかけるが途中で言い淀み、

横を向くレヴァン。

柄にもなく感情的になったのが恥ずかしい

のか、心なしか赤面しているようにも

見える。


口調はキツいが、ただの一日空けただけで

心配して捜しに来てくれたレヴァンの

優しさにズィマは嬉しくなった。


「…帰りましょう、ズィマ」


差し出された手。


改めて向けられたレヴァンの瞳にはもう

怒りの色は感じられない。

二人の間には既にわだかまりはないので

このまま家に帰っても問題はない。


…だが。


「ごめん、レヴァン…もう少しここに

居てもいいかな…?」


ズィマの小さく洩らした言葉にレヴァンは

絶句をした。


人に深く関われば、いつか傷付く。

長く生きてきた中で幾度も経験してきた

はずなのに、何故同じ事を繰り返すのか?


「貴方は…サーカスに飼われる犬にでも

なるおつもりですか?」


「そんなつもりは…ただ…」



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