episode5―5



聞き覚えのある声が響く。

昨日の食堂に居た女性の声。

確かジーネと言っただろうか?


「うん、空腹で獅子達の生肉食べようと

したトンデモ思考の持ち主にしては随分

真面目に働くのね。

ご飯持ってきたから入るわね?」


ご飯!


一言も二言も余計な事を言うのがタマに傷

だが、こうして朝ご飯をまだ食べてない

俺に気を使って差し入れてくれるなんて…


「わざわざありがとうございま…」


「リオンー、ベガ、ご飯よ?」


ズィマの横をすり抜けて、檻の中にいる

二匹の獅子へと駆け寄っていく。


あぁ…そっちね…




確かに人間達の食堂は別にある。


そっちで食べれば良いものをここまで

出前する必要はない。


「いっぱい食べなさいね?」


美味しそうにモシャモシャ肉を食べる

獅子達や、ジーネになつく姿に内心嫉妬を

しつつ掃除を再開させる。


「あぁ、ズィマさん?」


「はい!」


ジーネの声かけに期待を僅かに抱きつつ、

弾む声で返事をしながら振り返る。


「ここの掃除が終わったらキッチンの

ゴミを回収場所まで運んでくださいね」


「…あー…はい」


そう彼女は言い残してテントを出ていく。

残されたズィマはあからさまに乾いた笑い

をして、がっくりと項垂れた。



はあぁ…



ジーネが出ていってからも掃除を続けて

いたズィマ。

終わりはようやく見えてきたが、思った

よりもこれは大変な仕事である。

特に中腰でゴシゴシとブラシかけて水で

流したり、寝床を整え…というのは見た目

よりも腰が辛くなる。


朝飯前だぜ! とか気軽に考えてた仕事が

本当に朝飯の前にさせられると疲れが

半端なく溜まることを初めて知った。


時計を見ると朝飯時間までにはまだ時間が

ある。

せめて朝飯を先に食べさせてもらえれば…


「お腹空いたなぁ…」


グルル…


カーゴの中からの声にふと振り向けば、

獅子達は先程ジーネから貰ったご飯を

少しだけ残した状態で、そっとズィマの

いる方へ鼻で押し出し喉を鳴らしている。


怖い存在とはいえ、獅子達の目から見ても

あまりに気の毒とでも思ったのだろうか?

どうやら自分達の貰ったご飯を分けて

くれるつもりらしい。


そんな二匹のいじらしさにズィマはジーン

と胸が熱くなり涙ぐむ。


「お前ら…

いい奴らだなああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


カーゴの入り口を勢いよく開けられ、驚き

飛び上がって後退りする獅子達にお構い

無しに抱きつき頬擦りするズィマ。


「俺が怖いっていうのにそれでも飯を

分けてくれるなんて、本当に賢くて優しい

良い子に育ってんなぁ!

いいよ、いいよ! 俺なら大丈夫だから

全部食べな、ありがとな?」


思わぬ過剰なズィマのスキンシップを

非常に迷惑そうにしている獅子達へ

気にせずチュッチュッとキスをして撫で

ながら二匹を育てたロウの顔を思い出す。


確かにドジな所はあるけれど、愛情持って

育てた二匹の獅子の姿がロウ自身の性格の

良さを表している。


ロウ…か。


ズィマは遠い昔に初めて人間の優しさを

教えてくれた人達の面影を彼に重ね、

過去に思いを馳せて微笑んだ。






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