episode5―4


「ふむ…何か訳有りなんですね?

これはご相談なんですが、もしズィマさん

さえ良ければこの街でのサーカス興行の

裏方をお手伝い頂けませんか?」


「……えっ」


ロウからの申し出。

ズィマは突然の事に驚き、彼を見る。


「見ての通り、小さなサーカスなので

高給は出せませんし千秋楽まであと数日。

それが終われば次の街へと南下しますので

長期間雇うという訳ではありませんが…」


驚きを隠せないズィマを見て、ロウは

テーブルに身を乗り出した。


「基本的には裏方の仕事も団員が手分け

してやるんですが、今日の公演前に団員が

一人怪我をしましてね…

怪我自体は軽く済んだのですが、急な

プログラムの変更やらで裏方に人員を

充てる事が出来なくなりまして、丁度

募集をしようかどうかと考えていた所

なんですよ」


「裏方、ですか…」


ロウはぬるくなったお茶を飲み干して

言葉を続ける。


「家に帰れない事情があるならここで

泊まって頂いても良いですし、帰るなら

通って頂く形でも構いません。

募集しようとしたタイミングで出会った

ご縁ですし…ズィマさんさえ良ければ…」


ロウの魅力的な言葉にグラグラする。


給金は具体的に聞けば確かに高くはないが

それなりに一般的な範囲ではある。

サーカスの仕事はイメージ的に体力仕事と

いう感じに思えるが、ズィマ自身は人狼

なので、人間以上に体力に自信があるし

裏方なら人目にもつかないだろう。


それに何より、無一文の状態でフラフラ

野宿する事を思えば今日の寝床の確保が

できるのはありがたい…


「もちろん、朝昼晩の食事付きで……」


「やらせていただきます」


「あぁ、ズィマさんならそう言って

頂けると…って、熱ぢゃぢゃぢゃ!」


更に魅力的な条件が付き、迷うこと無く

ズィマは了承する。


ロウはその返事を満面の笑みで受け、

ズィマの手を握りながら勢いよく上下に

振り回し……

先程継ぎ足されたばかりの熱いお茶を

自分の懐へとぶちまけ、ロウは悲鳴を

あげて飛び上がった。


「あーもう全く、団長…またですか?

早く着替えてきた方が良いですよ」


様子を見ていたのであろう、先程から

給仕をしてくれている若い女性が呆れた

調子で乾いたタオルを団長に差し出した。


何度もあることなのだろうか?

女性は着替えるために席を離れたロウの

周辺を随分慣れた手付きで片付けていく。


「被害…には遭ってないようね?」


女性に確認され、コクコクと頷くズィマ。


「あの人、ぶっちゃけ周囲巻き込むタイプ

のドジっ子だから巻き込まれないように

気を付けなね?」


「あー、はい……えっと貴女は?」


「あたしはジーネ。

千秋楽までキッチンで雇われてるの」


茶色の長い髪を下の方でツインテールした

ジーネと名乗った若い女性はよろしく、と

ズィマに笑顔を向けた。

目鼻立ちがはっきりしているせいか、多少

きつい印象があるが、てきぱき動く所を

見ると仕事ができる人なんだろう。


「よろし…」


「ズィマさん、お待たせしました!

早速部屋にご案内しますね」


ロウが戻ってきて、彼女は踵を返し

キッチンへと戻ってしまった為、挨拶も

中途半端に彼女とはそれ以上話す事もなく

食堂を後にする。


出入口で後ろをチラリと振り向けば、

彼女はズィマ達を見送るようにじっと

見つめていた…



……………



ゴシゴシ…ゴシゴシ…


朝早くからデッキブラシで檻の中の床を

掃除する音が辺りに響く。


ここはサーカスの敷地内にある動物達の

寝室兼控え室が設置されているテントの

一角。


ズィマの最初に始めた仕事は掃除。

その中でも獅子達が寝る場所での掃除を

任されていた。


このサーカスに居る獅子は2匹。

掃除が終わるまでの間、獅子達は移動式の

狭いカーゴに入れられている状態なので

早く終わらせてやらないといけない。


それに加え、早く終わらせてやらなければ

ならない理由がもうひとつ…


「…お前ら、俺の動向にいちいち怯えなく

てもいいじゃねぇか…

そんな風に怯えて警戒されるとなんだか

こっちが傷付くんだけどさぁ」


ズィマは獅子達へと視線を投げ掛けると、

彼らはビクッと体を震わせ、隅っこへと

身を寄せて小さくなっていく。


生まれたばかりの時に親から育児放棄され

小さい頃からロウが面倒を見て育て、躾を

したという二匹。


物心ついたときから人間や他の動物達に

常に囲まれて育ってきたこともあり、

見掛けは怖い獅子の容貌だが、中身は

気ままの甘えん坊で誰にでもなつく

犬か猫のようだと他の団員達は言うのだが

…今回ばかりは例外のようで。


彼は大きなため息をついた。


その動きに獅子達もまたも首を竦めて

ビクッと体を震わせる。

まるで災厄が通り過ぎるのを息を潜めて

耐えるかのように…


彼には怯えられる原因に嫌というほど

心当たりがあった。


ズィマは人狼である。


巧く人間に紛れていたとしても、やはり

獣には人成らざる者の何かを感じ取る事が

できるのかもしれない。


その為、殆ど動物に好かれた試しがない。

危害を加えるつもりは無くても動物には

避けられてばかりなので、ズィマには

動物と一緒に遊ぶという姿に憧れを持って

いた。


「俺は誓ってお前らに危害加えないし

仲良くなりたいと思ってるんだぞ?」


ズィマがカーゴの前に座り込み、目線を

合わせて優しく話しかけるが獅子達は

上目遣いに彼を伺い見るだけ…


そんな様子に、今回も駄目か…と諦めて

仕方なく掃除を再開させた。


「ズィマさぁん、ちゃんと仕事している

かしら?」





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