episode5―3
サーカスの関係者なのだろうか。
動きやすそうなラフな上着に余裕のある
丈夫そうな作業用ズボン。
年の頃は40代前後…といったところか。
明らかにズィマよりも大柄だが、人好きの
しそうな柔和な表情のせいか、威圧感は
感じない。
呆然と見上げるズィマの視線にようやく
気付いたのか、男はよっこいしょと呟き
ながら立ち上がり、彼を見下ろした。
「いや、驚かせてすみません。
今日の演目はすべて終了してますけど
何かお忘れものでもありましたか?」
「あ、いや…良い匂いがしたもんで…」
「…良い匂い?」
「えっと、その…肉の匂いが…」
急に問われてズィマは上手く誤魔化す事も
できず、しどろもどろな状態で正直に
答えてしまう。
「肉…って、この肉ですか?」
男は目を丸くしながらバケツの蓋を開け、
ズィマに見せた。
中には今さっき肉屋で貰ってきたので
あろう、骨付きのくず肉が山のように
入っている。
「なぁんだ、こんなもので良ければ、
好きなのおひとつ差し上げますよ?」
「……なっ…」
きっとズィマの言葉がその場しのぎの嘘か
冗談かと思ったのだろう。
男は少し意地の悪そうな顔をしながら
バケツをズィマに差し出す。
中にはくず肉…いや、腹ペコズィマに
とっての御馳走が山盛りになっている。
ズィマは一瞬驚いて、息を飲み……
「なんて良い人なんだああぁぁぁぁ!」
「はっ…? えっ…?」
予想外の反応にポカンと口を開けたままの
男の手をズィマはガシッと掴み、上下に
振り回す。
そしてズィマは差し出されたバケツに顔を
突っ込みそうなくらい真剣に肉を吟味して
いき、良さげな骨付き肉を選んで満面の
笑みを浮かべた。
「…えっ、ちょっ…?」
「こんなに見ず知らずの奴に分けてくれる
なんて、本当に親切な方ですね!
早速いただきまぁ……」
「うわああぁぁぁ!ちょっと待ったぁ!」
あーんと大きく口を開いて食べようとする
ズィマの姿に流石に本気だと解ったらしく
慌てて男はズィマの腕を掴み、制止した。
そして生肉を取り上げバケツへ戻し、
彼の腕を引いてテントの裏手へと
引っ張っていく…
「貴方は冗談というものが通じないん
ですか! 本気でこんな生肉食べようと
しないでくださいよ!」
「…この肉も充分御馳走なんだけどなぁ」
「全くもう、貴方は一体どんな食生活
していたんですか!
いいから、こちらへ来てください!」
不満そうなズィマは男のなすがまま、
ずるずると連れていかれるのであった。
……
カチャカチャ、はぐはぐ、モグモグ…
食べる音や皿とカトラリーがぶつかる音が
団員達の食堂らしき、このテント内に響く。
「旨いです、ウマイっ!」
「全く…一体何日食べていなかったのか
というような勢いの食べっぷりですね」
チーズを乗せたハンバーグに、温かい
濃厚クリームシチュー、じゃがいもを
ふかして潰したポテトサラダにバケット…
夕食時間を過ぎて食べるにはボリュームが
ありすぎる気もするメニュー。
だがズィマはそれらを次々皿ごと食べて
しまうのではないかと思う勢いでガツガツ
平らげていく。
食事を貪るズィマを男は呆れ驚きながらも
笑って見ていた。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ…ぷはぁ。
ズィマは食事を用意してくれた女性が
入れてくれた暖かいお茶まで飲み干し、
ようやく一息つく。
そしてこんなに良くしてくれているのに
自己紹介はおろか、相手の名前を聞くのも
忘れていたことに気が付いた。
「いやぁ、すっかり御馳走になって。
俺はこの冬の間、この街に留まっている
冒険者のズィマと言います。
貴方のお名前を聞いても?」
「ああ、俺はこのサーカスの団長をして
いるロウといいます」
「…団長?!…えっ、あれっ?」
「どうせ見えないって言うんでしょう?」
こうした反応に慣れているのだろう。
ロウは、乾いた笑いを洩らす。
「あ、いや、そういう訳では…
サーカスの団長と言えば、こうモッサリ
していて偉そうにしてる…ってなイメージ
があって…」
「はは、こんな弱小サーカスに偉そうに
してる余裕なんかありませんよ。
正確には団長兼猛獣使いという二足の
わらじを履いているんですよ。
自ら動かずしてこのサーカスの運営なんて
できませんからねぇ」
大変ですけど、それでも好きだから続けて
いられるんですよ…と彼は笑い返した。
「で、ズィマさんはどうしてここに?
家があるならこんなところで生肉に涎を
垂らしてるよりも、家に帰ればご飯も
あるんじゃないですか?」
ロウの何気ない言葉に、ズィマは肩を
ビクッと震わせる。
「…ちょっと帰り辛い事情が…」
まさか相方に自分のおやつをつまみ食い
されて拗ねて家出したとは言いづらい。
「もしかして何か悪い事でも聞いて…」
ロウは、思ってもみなかったズィマの
反応におろおろと狼狽えた。
いや、そういう訳では…とズィマは言うが
表情は何処と無く暗い。
視線を彷徨わせながら心ここにあらず…
といった彼に、余程の理由があると思った
のだろう。
眉根を寄せて、ズィマの様子をしばらく
窺っていたロウが口を開いた。
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