episode5―2
「あああぁぁぁぁぁぁぁなんてこった!
よりによってこんな時に金貨入れを
忘れてくるなんてぇぇぇ…」
家を飛び出して半刻ほど。
お腹が空いたので、買い食いしようと
懐を触り…何も持ってこなかった事に
気付き、愕然とする。
先程からグルグルキュー…と悲壮な音を
出して鳴るぺったんこのお腹を宥めながら
ズィマは情けない声を出して項垂れた。
レヴァンと喧嘩して、つい勢いで飛び
出したは良いけれど何も準備せずに出て
来たことが悔やまれる。
ボンヤリと街を歩いていて、しばらく頭を
冷やしたおかげだろうか?
なんで、おやつを食べられたくらいで
あんなに腹が立ったのか、自分でも今は
不思議に感じている。
食に興味の無いレヴァンがまさか楽しみに
していたおやつをつまみ食いするなんて
思わなかった。
きっと、存在すると信じていたものが
無くなっていたというショックも重なり、
混乱したのかもしれない。
…今更ながらに怒りすぎたと反省する。
だが勢いだけで飛び出した…とは言い
つつもお腹が空いたからとすぐに帰宅
するのも、あれだけ怒り散らした手前、
プライドが許さない。
しかし、金貨入れを忘れたせいで外食も
できないばかりか、格安の簡易宿さえ
泊まれない。
冒険者ギルドで即金支払いの依頼を
受けようにも武具も何もかも置いてきて
しまって八方塞がり…
お腹空いた…帰り辛い…お腹空いた…
帰ってご飯食べたい…でも飛び出して
こんなすぐに帰ったらきっと笑われる…
そんな事を悶々と考えながら、宛てもなく
街中をとぼとぼとさ迷うズィマ。
だが、歩けば歩くほど虚しくお腹は空く
ばかり…
なんで喧嘩なんかしちゃったんだろ?
「お腹空いたなぁ…」
空腹だと悲しさは一層深くなる。
半ば、半泣きになりながらも歩き続け、
気付けばいつの間にか郊外近くまで辿り
着いていたズィマ。
ふと視界外に何かがあることに気付き、
上を見上げれば、赤や青などの原色で
飾られた大きくきらびやかなテントが
目の前にそびえ立っていた。
大きなテント…ここには一体何人の人間が
入るのだろうか?
つい先程まで賑わっていたのであろう、
辺りにはまだたくさんの人の臭いが辺りに
漂っている。
『PRIMEVAL FOREST CIRCUS』
今は灯りこそ消えてはいるが、そこには
そういう文言が書かれた看板が大きく掲げ
られていた。
「サーカスか…」
ズィマは小さく呟く。
大きなサーカス団ではなさそうだが、
きっと地域の人々には愛されているので
あろう。
サーカスの前の道にはずっと多くの人々が
並んだような痕跡が残っている。
どうやら本日の公演は終わっているよう
だが、明日も公演はあるようで、練習を
しているような声や音が外にまで聞こえて
きていた。
「この…匂い…」
そんな声や音に紛れて共に流れてくる
微かな生肉の匂い。
普段のズィマなら気にもしない匂いだが、
今は泣くほどに空腹である。
その僅かな匂いに誘われて、辛抱たまらず
フラフラとサーカスの敷地へ入っていって
しまった…
辺りを見回せば色々なテントや道具が
立ち並び、さながらジャングルのよう。
肉の匂いを頼りにかき分けていけば、
その匂いは中央の大きなテントから漂って
きている。
「失礼しまぁす……」
そっとテントの中を覗き見れば、団員達が
練習をしていたり、隅で談笑している。
そして中央の大きな広場には柵で囲まれた
広場があり、獅子達と若い団員…そして
バケツに肉が入っている。
獅子達は若い団員の指示に従い、台を
行ったり来たりして上手くポーズを
決める度に褒められて肉を貰っていた。
「良いなぁ……」
ズィマは小さく独りごちる。
台を行ったり来たりするだけで褒められて
肉を貰えるなんて、なんて羨ましいの
だろう。
俺なら台の上を行ったり来たりするだけ
ではなく、踊ったりなんかもできるのに。
そうすれば、もっとたくさんの肉を貰え
たりするだろうか?
ズィマはそんな事を考えながら、口の端に
溜まるヨダレをすすり、若い団員の持つ
バケツの肉へと視線を向け続けていた。
「何か面白い物でも見えますかねぇ?」
不意にズィマの上に覆い被さる影。
どこか間延びしたようなのんびりとした
男の声がズィマへ問いかける。
「うわぁあ!」
その声に驚き見上げれば、大柄な男性が
目の上に手をかざしてズィマが見ていた
であろう方向を不思議そうに見ていた。
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