episode 5
episode5―1
「うわああぁぁぁぁぁん!
レヴァンの馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
…と、まるで狼の遠吠えのように叫び
ながらズィマがこの街で冬の間借りている
小さな家を飛び出したのは半日前。
金貨入れや着替えどころか、護身武器
などの旅の荷物一式や、ズィマが日頃から
とても大切にしている古くボロボロな
赤いリボンさえも家に置いたまま。
なのでそのまま旅に出たりはしないはず
だが、何も持たずに一体どこへ行った
のか…
そもそも喧嘩した理由というのは実に
些細な事だった。
元々、吸血鬼であるレヴァンの主食と
いえば人狼であるズィマの血である。
人間や動物が通常食べる物も食べられない
訳ではないが、美味しいと感じる物は
非常に少ない。
その為、ズィマが食べるような食事には
普段からあまり執着が無いレヴァン。
いつもならば、ズィマがどんなに美味しい
からと勧めても彼は自ら好んで食べよう
とはしなかった。
それなのにズィマが留守の今日に限って
無性に彼が好んで食べているおやつが
気になり、彼が出掛けている間に無断で
こっそり食べてしまったのである。
普通のおやつならズィマもここまで暴れる
事はしなかった。
だが、よりによって彼が食べてしまった
おやつは、ズィマのとっておき。
これを楽しみに帰宅したズィマにとっては
どんなにショックな事だっただろうか…
しかも美味しく食べられたのならまだしも
食べたけどやっぱり美味しくなかったと
いう感想を持たれたのだから堪らない。
食べてしまった事が発覚してからは
もう、一方的にわめき散らす有り様。
レヴァンが謝り、また買ってくるという
言葉にも納得せず、ズィマはすっかり
拗ねてしまい上着を羽織って家を飛び
出した…という訳である。
いやはや、食べ物の恨みは恐ろしいと
いうが、迂闊な事はするべきではない。
それが彼の一番の好物であるおやつで
あれば尚更…
自分が既に何を言っているのかわからない
のではないかと思うほど必死な抗議。
その姿は狼というよりは、まるで小型犬。
子供のように目に涙を溜めて論弁を振るい
テーブルをバンバンと何度も叩くズィマの
様子を思い出し…
大人気ないなーと冷静に思う反面、そんな
にも楽しみにしていた物を奪ってしまった
申し訳無さに、レヴァンは自分への戒めも
含め、小さくため息をついた。
ふと時計を見れば、既に日が変わろうと
している。
どうせお腹が空いたら帰って来るだろう
などと軽く考えていたのだが、今回は
怒りが余程深いのか、未だに何の音沙汰も
無い。
一体、彼は何処へ行ってしまったの
だろうか…?
「仕方ありませんね…」
レヴァンは、時間潰しの為に読んでいた
本を閉じ、窓際へと向かう。
窓を大きく開けて外を見下ろせば、
真夜中になろうというのに遠くの中心街
辺りの街明かりは煌々としており、人通り
もチラホラと見える。
目を凝らし、近くにズィマらしき人物が
歩いていないか見渡すが、やはり近くには
いないようだ。
ピィィー……
そんな街を一瞥した後、空に向かい指笛を
奏でる。
しばらくすると、先程まで闇に包まれて
いた夜空の中からバサバサと音を立てて
十羽ほどの蝙蝠が現れ、集まってきた。
窓際の上縁に等間隔で行儀良く並ぶ
蝙蝠達。
レヴァンはサングラスを外し、蝙蝠達へと
視線を投げ掛ける。
『さぁ…探しておいで…』
冷たさを含んだ機械的な声色でレヴァンは
短く命令する。
そして彼が外を指差せば、蝙蝠達は返事を
するようにキィと一声発し、一斉に
飛び立った。
「お腹空き過ぎて、街で何かやらかして
いなければいいのだけど…」
蝙蝠達が飛び立って、静けさが戻った
部屋でレヴァンはサングラスをかけ直し、
再び小さくため息をついた…――
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