episode4―7



「…あんまり人と親しくするのは良くない

って意見もわかるけど、あの態度は彼に

ちょっと失礼じゃないかなぁ…」


腕をレヴァンに引かれたまま、ズィマが

ポツリと呟く。


「そう…見えましたか」


ズィマへ視線を向けぬまま、レヴァンは

麓を目指してひたすらに淡々と歩みを

進める。


「レヴァン、怒ってるの?」


「別に怒ってませんよ。

ただ、ジャックという名前の人と

お近づきになりたくないだけです」


「まーた、そんな事言うし…」


レヴァンの意固地な態度にズィマは小さく

ため息をついた。


そんなズィマの様子をちらりと横目で

流し見る。


言葉通りに受け取ってもらえたのなら

それはそれで都合が良い。


これからも話したり出会う機会があるで

あろう彼に本当の理由を話しては、嘘を

つくのが苦手なズィマの事である、きっと

態度に出してしまうに違いない。



『印を付けられてたのか?』



…彼に尋ねられた言葉。


話の中では痣という事だったが、何故彼は

具体的に『印』という言葉を使えたのか?


魔術に造詣の深いレヴァンでさえ、

すぐには思い出せなかった肉食植物の

存在と贄の印。


果たして普通の人間が今では見ることが

殆ど無いような肉食植物の存在を知って

いて、贄の印などというそのような言葉を

すぐに思い付ける物なのだろうか…?


それに、あの場所に現れたタイミングも

偶然重なったにしてはあまりにもおかしな

タイミングである。


…何故なら、本気で原因を探しに来る、

肉食植物と対峙するつもりなら夜目の

利かない人間ならば余程の理由が無い

限り、昼間に戦うのが普通である。

ズィマ達のように人目を避けたり、身を

潜める必要が無いのだから。


彼の登場の仕方はまるで、この場所に来る

ことを知っていて待ち伏せしていたかの

ような…


偶々、何か理由があって植物を知っていて

その上来る日と時間が重なった…それが

深く穿ったレヴァンの思い過ごしなら

別に良い。


だが…もし…――


警戒するに越したことはない。


それにジャックという名を持つ人に近付き

たくないと言うのもあながち嘘ではない。


その名を聞いて真っ先に思い浮かぶのは

ジャック=フォレスティアム…彼の人で

ある。


『何も、起きなければ…単なる偶然、僕の

考え過ぎなだけであれば良いのですが…』


レヴァンはズィマに気付かれないように

唇を引き締めた。


山頂から充分離れた所で、追っ手を巻く

かのようにレヴァンの魔術を何度か使い、

帰宅した二人。


ズィマに着いていた印も綺麗に消え、

あれから冒険者ギルドに行っても

ジャックの接触はないと言うズィマ。


これでようやくいつもの日常が戻って

きたのだろうか?


………



「………おかしい」


数週間後、再びレヴァンは鏡の前で唸って

いた。


風呂に入った後の姿を鏡に映し、あちこち

全身見回し、肉をつねったりしていたが、

やがて大きなため息を付く。


「やっぱりまた太ってる気がする…」


ズィマの贄の印は消えた。


あの出来事以降、ズィマは風呂場で全身

隅々確認する習慣が付いたようなので

変な印がまた付いていたらすぐに相談が

あるはずである。


今までの食生活の事を思えば、普通に

食事をする分にはズィマの体重増加の

要因は殆ど無い。


…太る原因は他にあるのだろうか…?

レヴァンは首を捻って考える。


お菓子類は最近レヴァンは買ってきて

いないし、もしかして金銭的な節制で

食物の質を元に戻したのが悪かった

のだろうか?


そんなことを考えながら階下に降り、

食糧庫を確認しようと近付けば、夜間にも

関わらず物音が聞こえる…


嫌な予感に、気配を消すようにしながら

ゆっくり食糧庫へ近付くレヴァン。


そして彼が目にした物は…―


レヴァンの存在も気付かないほど夢中で

ズィマが口一杯に頬張りながら幸せそうに

つまみ食いをしている姿…


「…ズィマ…?」


後ろから声をかければ、彼は飛び上がって

驚き、恐る恐る振り返る。


口元にはチョコレート、手にはパウンド

ケーキ、足元にはクッキーの包み紙…と

甘いもののオンパレード。


多分、今までレヴァンにしっかりと管理

されていて、頑張って節制してきた反動が

出てきたのであろう…


あの出来事が落ち着いたのを良いことに、

こっそり買ってはこうやって食べていたに

違いない。


「れ…レヴァン…」


口の中の物をごくりと飲み込み、今更

ながら手にした物を背後へ隠すが、後の

祭りである。


レヴァンの冷たい視線がズィマに突き

刺さる。


「言い訳は後でたっぷり聞きますから

とりあえず、食べカスも含めてそこを

ちゃんと片付けてください…」


レヴァンの一言で、弾かれたように慌てて

片付けていくズィマ。

まるでその姿はパタパタ動く玩具のようで

妙に可愛く感じてしまう。


後でたっぷり説教する必要があるので

ポーカーフェイスを演じながら、必死に

笑いを堪えるレヴァン。


いつもの何気無いズィマとのやりとり。


レヴァンはようやく日常を取り戻した

ような感じがし、胸を撫で下ろすので

あった…



~episode 4 end~


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