episode3―5



手の中のハーモニカが妖しく鈍い色を

放つ。


あんなに綺麗だと思って買ったはずなのに

今はただ、得たいの知れない不気味なもの

にしか見えなかった。


決して完璧とは言い難いレヴァンの演奏

でも意識を完全に乗っ取られてしまった

ズィマの姿を思い返す。


今回は愛情表現だったからまだ良かった

のだ…これがもし相手を殺すような指示を

出させるような物であるならば、自分の

意思と関係無く、望まない殺戮を知らない

間にさせられる事になる。


それがもしズィマが心を寄せている者で

あったなら…――


愛しい者の亡骸が目の前にあり、自分が

殺したと自覚した時の過去の情景が

レヴァンの脳裏に鮮明に甦り、思わず

嗚咽を漏らす。


このような苦く悲しい思いをするのは

自分一人でいい…


レヴァンはもう一度ハーモニカに刻まれた

魔術師ジャック=フォレスティアムの名を

眺め、その字を指でなぞった。


ただの獣である犬や狼を単に使役させる、

退ける為だけなら、相手の精神まで完全に

乗っ取るような、こんなに複雑な魔術は

必要ないはずである。


これは明らかに人間のように強い意思を

持ち合わせている者を洗脳する為の道具。

だが、この音色は普通の人間は聞くことが

できない。


そこから導き出せる結論は…


―――人狼の利用。


人狼は人間よりも遥かにタフで強く、他の

人成らざる者達よりも弱点の少ない肉体。

人間と変わらぬ外見を持ち、野生の狼の姿

にも変化できる為、どこへでも怪しまれず

潜伏することができる。


それが笛の音色一つで恐怖も情も持たぬ

ただ命令に従順なる優れた兵士となるので

あれば…途端に世界の勢力構図など一瞬で

書き換えられることだろう。


魔術師がそれを画策してこのような道具を

作ったのだとしたら…?


そして何らかの要因で上手くいかず、

仕方なく他人に同じ思考を持たせぬ為に

計画の元となる人狼や人成らざる者を

絶滅へと導いたのだとしたら…?


………………。


レヴァンは自分が思い至った考えに対して

苦々しい顔をした。

あくまでもこれはレヴァンの想像であり、

これが真実とは限らないのはわかって

いる…だが……


遠い遠い、ズィマが生まれる前に存在した

という過去の魔術師の遺作。

人狼を意のままに操れるハーモニカ。


レヴァンが手に入れたのは、不幸中の幸い

とでも言うべきなのか、それとも…


レヴァンは立ち上がり、ハーモニカと

楽譜をテーブルの引き出しの奥へと

押し込み、鍵を掛けた。


出来ることなら、今すぐにでも破壊して

憂いを取り除きたいのだが、ハーモニカの

外見を簡単に見回しただけでも複雑な魔術

が幾重にも掛けられているのが見える為、

下手に破壊などすればどんな被害が出るか

わからない。


現にライバルの魔術師が作った魔道具に

嫉妬し衝動的に無理矢理破壊した為に

街が半壊したという有名な話が実際に

あるほどだ。


破壊しようとするには余程強い結界魔術を

空間にかけた上で壊すのが望ましいが、

レヴァンが知る中で最強の結界が果たして

この魔道具を破壊する衝撃に耐えられるの

かも不明であり…また、どのような力で

破壊しきれるのかさえはっきりしない。


恐らく大きなリスクを背負ってまで破壊

するより、人の手の届かない所へ封じて

しまうのが一番安全なのかもしれない。


それまでは、誰にも見付からないよう、

誰にも効果を知られる事の無いよう…

細心の注意を払わなければならない。


…そう、ズィマにも知られぬように――



ジャック=フォレスティアム…


今以上に遥かに取り扱いが難しかった

魔術を、能力有るものならば勉強すれば

扱えるというレベルにまで簡素化させた

これほど偉大なる功績を残した魔術師は

後にも先にも他にはいない。


だが、彼はなんというとんでもない物を

作り出してしまったのだろう…


レヴァンは苦悶の表情で大きくため息を

ついた。



「レヴァンー?

ワインとチーズあるけど食べるー?」


レヴァンが買ってきたお菓子をたらふく

食べてすっかり満足したのであろう…

階下から、機嫌が直ったズィマの明るい

声が響いてくる。


「今、行きますよ!」


レヴァンは握っていた鍵を魔術研究用の

道具入れにそっと忍ばせた。

ここならば、いつでも管理できるのと、

危険な道具も多いことを知っているズィマ

は絶対に興味本意で触ることはしない。


「レヴァン―、何してるのー?」


「はーい!」


ズィマの催促の声にレヴァンは再び大きな

声で返事をし、階下へと向かった。




願わくは、この魔道具が二度と表舞台に

出てこない事を心から願いながら…――





~episode 3 end~

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