episode3―4
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ゆっくりと間違えないように楽譜と
にらめっこしつつ、奏でるレヴァン…
楽譜を見る限り、本来のリズムならば
とても情熱的な感じにも思えるが、初見で
しかもさっき始めたばかりのハーモニカで
いきなりリズムまで正確に刻んで演奏
できる訳もなく。
音楽は好きで、ピアノなどは好んでいつも
弾いていたので楽譜は読めるが、ピアノ
とは音の出し方が全く違うので戸惑いも
あり、音を丁寧に拾って間違えずに奏でる
のが精一杯。
そんな拙い演奏でもズィマは大人しく
聴いて…
…って…ズィマ………?
「レヴァン…」
目元をほんのり赤く染め、トロンとした
瞳でレヴァンを見つめながらジリジリと
距離を詰めていく。
『…なんで近寄ってくるの…?!』
演奏を続けながらも、普段と違うズィマ
の様子に不気味さを感じ、後ろへと下がる
が、すぐに壁に阻まれてしまった。
「レヴァ…ン…なんだか急に…身体が
熱くなって…変な気分…」
そう言ってレヴァンを見つめるズィマの
目はどこか焦点が合わない様子。
熱い吐息を洩らし、演奏しているのも
構わずにレヴァンの内股へと手を這わせ
身体を擦り寄せてくる。
『これじゃ、まるで発情期の……』
このままズィマの行動を放っておいた際に
自らの身に起こるであろう未来をうっかり
想像してしまい、レヴァンは血相を変えて
彼を引き剥がしに掛かる。
だが、元々腕力に負けてしまっているので
そう上手くいくわけもなく。
「ズィマ、邪魔で吹けないですよ!」
ハーモニカから唇を離し、ズィマの額を
ペチンペチンと叩きながら強い口調で
叱る。
だが、ズィマの擦り寄りは止まらない。
「ズィマ…っ、いい加減正気に戻って
ください…っ!」
更に語気を荒げて抑制しようとするも、
理性が飛んでいるらしく全く効かず。
相変わらず焦点の定まらないズィマが自分
の首元へと腕を絡ませて来るのを避ける
ことさえできず、なすがままに押し倒され
てしまうレヴァン…
「抑えきれないんだ…レヴァン…」
レヴァンの首筋へ熱くなった顔を埋め
ながら小さく呟くズィマ。
密着した体から彼の強く脈打つ鼓動が
服越しでも微かに伝わってくる。
レヴァンは意を決したように大きく息を
吸って…
ファーーーーーン!!!!
握っていたハーモニカを思いきりズィマの
耳元で吹き鳴らした。
ズィマには普通に吹いていても大きく
聞こえていたと思われる犬笛。
流石にこれは効いたようで、瞬間的に
仰け反るようにレヴァンから体を離す。
「……ぅう… 頭がガンガンする…」
しばらくして、ズィマはこめかみを両手で
覆うように抱え、小さく呟きながら再び
レヴァンにしなだれる。
しかし、先程のようなおかしな様子では
無さそうだ。
「…ズィマ…大丈夫ですか?」
「酷いよ、レヴァン…せっかく大人しく
聴いてたのに急に大きな音出すなんて…」
レヴァンはズィマの顔を覗き込みながら
囁けば、彼は怨みがましく上目遣いで
レヴァンを見上げてくる。
その瞳には生気が宿っていていつもの
ズィマだと確信し、レヴァンは胸を撫で
下ろした。
……だが…
「ねぇ、ズィマ? さっきまでの事全然
覚えて無いですか?」
「…さっきまでの事って?」
自分がレヴァンを押し倒した事などまるで
無かったかのように平然としているズィマ
の姿を見ると、こちらの記憶が間違って
いるような気さえしてくる。
「…そういや、なんで俺レヴァンと
向かい合わせに座ってんの…?」
狐に摘ままれたような顔をしながら小首を
傾げるズィマ。
これが演技というならば、彼は余程の名優
に違いないのだが、そういうことではなく
本当に覚えていないらしい。
と言う事は、ズィマの意識は…
レヴァンは手元のハーモニカをギュッと
握り締める。
「ねぇ、レヴァン…俺なんかやったの?」
難しい顔をしているレヴァンの様子に何か
不安を感じたのか、ズィマはおそるおそる
何をしたのか上目遣いで訊ねてくる。
そんな様子にレヴァンはしばらく黙って
聞いていたが、一つ小さく吐息を吐き
笑顔を向けた。
「…あんなに情熱的に僕を押し倒して
襲っておいて、知らぬ存ぜぬとは随分
薄情ですね」
ズィマは彼のその言葉に一瞬固まり、少し
考え…そしてレヴァンの乱れた襟元を見て
何かの結論に至ったのか、顔色を無くして
いく。
「…襲った…って…えっ…怪我はない?!
俺が意識無くして野性化とか狂暴化した
ってこと? …どうしよう…そんな…っ」
途方に暮れるズィマ。
自分が無意識に人を襲ったと勘違いして
いるのだろう…見るからにオロオロと動揺
しているのがわかる。
ここでうっかり追い討ちの言葉でも掛け
れば、途端に泣きだしてしまいそうな
くらいの可哀想な様相。
「冗談ですよ。
ズィマが、僕が一生懸命演奏しているのに
眠ってしまって僕にのし掛かってきたから
その仕返しです」
意地悪くニヤリと笑えば、からかわれたと
感じたのだろう。
ズィマは瞬間目を丸くしていたが、次第に
ぷぅと頬を膨らませてソッポを向いて
しまった。
「拗ねないで? ズィマの好きな茶色い
お菓子買ってきてありますから」
茶色いお菓子と聞いて、壁を向いたままの
ズィマの体がピクリと反応する。
「…茶色い…お菓子…?」
じと目をしつつレヴァンへ視線を向ける
ズィマ…
「キッチンの冷蔵庫に入れてありますよ」
「…っ、今回は意地悪したレヴァンに
分けてあげないからね!」
がばっと立ち上がり、まるで子供の捨て
台詞のような言葉をレヴァンへ向かって
投げ掛け、バタバタと慌てて駆け降りて
いく。
後に残されたレヴァンは、ズィマへ向けて
いた作り笑顔を真顔に戻し、握っていた
ハーモニカへと視線を落とした。
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