episode3―3


「…ふむぅ」


レヴァンは店を出た後、足取り軽く帰宅し

購入したハーモニカの付属楽譜に早速

目を通していた。


読み込んでいくと、どうやらこの犬笛は

曲を奏でることで犬や狼を躾けるという

目的で作られたというニュアンスの事が

旧言語で書かれているようだが、古い書面

のせいか所々大きなシミが文章に掛かる

ように出来ていて読めなくなっている。


楽譜にもそのシミが広がっているページが

数ヶ所あり、すべての曲を読み解くには

時間がかかりそうだな等と思いながら

パラパラとページを捲っていく。


まぁ、完全に読み解くのは後にして、まず

とにかく楽譜がちゃんと読める曲でも

一通り奏でてみようと、レヴァンは

ハーモニカを口元へと構えた。


~♪~~♪~♪


やはり、聞こえてくるメロディは普通の

物よりも遥かに小さく戸惑いを隠せない。

だが、静かな環境でなら微かに聞こえる

音を頼りに、これならなんとか曲を奏でる

事も出来そうだと手応えを感じた。


小さい音ながら、澄んだ音色である。


鉄板のような武骨なイメージのある物を

震わせ響く音というよりはガラスのような

透明感のある硬質的で繊細なイメージの

ある物を響かせているような音。


ゆったりとしたメロディラインはまるで

ゆりかごに揺られているような穏やかな

気持ちにさせてくれる。


人間が作ったこの音や曲を、当の人間達が

聞くことも知ることもできず…

人間達が絶滅させた人成らざる者達が

それを聴き、美しさを堪能することが

できるという、なんとも皮肉な状況を

思うと妙に複雑な気持ちになってくる。


一曲吹き終わり、レヴァンは大きくため息

をつき楽譜をまじまじと見直した。


走り書きのように書いてある曲名は

『凪ぎの海』


なるほど、心を海の水面に見立てたのかと

レヴァンは一人納得をする。


昔から音楽には心を落ち着かせたり鼓舞

させたりする作用があると言われている

ので、それに目を付ける者は意外と多い

かもしれない。

だが、そこへ着眼した後、実際にこのよう

に魔道具として形にできる者はなかなか

いない。

しかも、彼は人間には聞こえない音と

メロディを造り出したのだ…


ジャック=フォレスティア


人智を超えた天才と言っても過言では

無いだろう。


そんな天才の姿を胸に思い描きながら、

彼の創造の片鱗である美しい装飾を指で

なぞっていく。


そしてレヴァンは再びハーモニカを構えて

曲を奏で始めた。


………


トントン…と階段を昇ってくる音がする。


きっとズィマが帰ってきたに違いない…と

先程から吹いていたハーモニカをレヴァン

は口から離した。


「お帰りなさい、ズィマ」


扉が開き、ズィマへ声を掛けると彼は

すぐにレヴァンの横へ並んで座り、手元の

ハーモニカを物珍しそうに眺めてきた。


「これ、レヴァンが吹いてたの?

綺麗な音色だけど、凄い外まで響いて

いたから迷惑になってない…?」


気を悪くするんじゃないかと不安げに

おずおずと上目遣いで訊ねてくるズィマ。


外まで聞こえてきたと感じると言う事は、

ズィマには余程大きな音で聞こえているに

違いない。


「あー大丈夫ですよ、魔道具ー…じゃ

なくて、人間には聞こえないような魔術

掛かってますから…」


「へぇ、そんな魔術あるんだ…」


うっかり魔道具を買ったとか言いそうに

なったのを堪えて言葉を濁した。


…嘘は言ってない。

真実も伝えていないだけで…と内心言い訳

するレヴァンだが、そんな思惑も知らず、

ズィマはすっかり彼の言葉を信じている

ようで、チクリと心が痛む。

だが、高い買い物をしてしまったのが

バレるので正直に言う訳にもいかない…


「ねぇ、吹いてみてよ?」


しばらく興味津々で身を乗り出しながら

ハーモニカをみていたが、やがて見るだけ

では物足りなくなってきたのであろう…


甘えるように満面の笑みで演奏をねだる

ズィマの姿に、レヴァンは少しばかり

気分を良くして、早速リクエストに応える

べくパラパラと楽譜を捲っていく。


色々悩んだ末、やはり先程から何度か

吹いて馴れた曲を聞かせた方が良いかな…

と、ハーモニカを構えた。


~~~♪~~♪~♪


吹き終わり、ズィマの方へ視線を移せば

目を閉じてうっとりとしている。


「すごく綺麗な曲だねぇ…落ち着くなぁ」


犬笛としての効果なのか、メロディの効果

なのか…とにかく彼はとても気に入った

ようだった。

そしてレヴァンに言われる間もなく楽譜を

自ら手に取り、次に奏でて貰う曲を

選んでいる。


「今度はこれ、どうかな?」


ワクワクした様子でレヴァンに楽譜を

差し出して見せてくる。


どれどれ…?とばかりに楽譜を見れば、

それは先程試しに吹く曲を探していた際

少しシミが広がっていて、タイトルや

所々が読み辛くなっているので、吹くのを

後回しにした曲である。


「これは…難しいかもなぁ…ちょっと

待ってくださいね」


紙とペンを取り出して、シミが無い部分や

なんとか読める部分をまずは書き写し、

読み辛い所を前後の曲の流れから想像して

候補の音をパズルのようにはめていく。


「こんな感じ…ですかね?」


「…え…れぬ………?

やっぱりタイトルまでは解らないかぁ…

まぁいいや、早速吹いてみてよ!」


ズィマに激しく影響力の出る犬笛で演奏

するものなので、タイトルが読めなくて

どんな影響が出るのかは気に掛かるけど…

と、僅かな引っ掛かりを胸に、レヴァンは

ハーモニカをそっと口元へと運んだ。





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