episode3―2



店の中へ入ると、天井まである作り付けの

棚にこれでもかというほど色々な道具が

箱に詰められて積み上げられていた。


特価のワゴンは気になるが、真っ先に

ワゴンへ向かうのも気が引けるので、

一通り店内を見回してみる。


「古今東西、実用的な物から趣味やロマン

溢れる物まで揃ってるよ」


機嫌良さそうな店員の言葉通り、レヴァン

が魔術を学び始めた頃に使っていた見覚え

ある道具から、自動卵殻割り機のような

便利なんだか不便なんだか分からない物

まであり、妙にワクワクしてしまう。


値札を見れば、魔道具らしく一般向けの

日用品等は安く、魔術の専門知識の必要な

道具は相応の価格を付けていた。


旅に出る時に城から持ってきた貴重な

宝石等を一つ二つ換金すればあれこれ

好きな物を買えない事もないのだが…と

レヴァンは胸に手を当て眉を寄せて天を

仰ぎ見る。


以前、それで年代物の葡萄酒を買ったら、

ズィマが冒険者ギルドで貰う3ヶ月分の

報酬額と同じ金額だったらしく、半泣きに

なりながらお金の大切さを説教されて

しまった事を振り返り、ここはグッと

物欲を飲み込む。


やはり買うとしても安い物ならズィマも

文句は言わないだろう…そんな言い訳を

考えながら、本命の特価ワゴンを覗いて

みれば、流石に特価、どう工夫しても

使えなさそうなガラクタが乱雑に山ほど

積まれていた。


それでも他に客もいないので、レヴァンは

一つ一つ掻き分けてめぼしい物を探して

いく。


「……ハーモニカ…?」


ワゴンの底まで漁っていると、ガラクタ

ばかりの中にはどう考えても似つかわしく

ない物が奥底にひっそり混じっていた。


見た目は普通の楽器のハーモニカ。

金具の部分には細かい装飾風に複数もの

複雑な魔方陣が刻まれており、それだけ

でも魔方陣の資料としても、アンティーク

として価値が有りそうな様相だ。


店員に許可を貰い、試しに軽く吹いて

みる。


……フォーン……フォー……


音階が狂っているようには思えないのだが

どんなに息を大きく吸おうが吐こうが

変わらず、音は微かに響いてくる程度で

通常の楽器としてハーモニカに抱いている

音量とはまた違う。

音色としては決して悪くないのになんとも

勿体ない魔道具なんだろうか…


装飾をよく見れば製作者の名前らしき

『ジャック=フォレスティアム』

の刻印が施されている。


その刻印を見て、彼は目を見開いた。


レヴァンの知識が正しければ、その名は

魔術の歴史を語る上で大きく貢献し、何冊

も魔術に関する書を出している人物であり

…そして…人成らざる者達を材料にすれば

魔術が更に発展すると説き、全滅させる

きっかけを作った人物。


魔術師としての地位も認められ、正に

全盛期という時に突如として消息を絶って

しまった為、今でも著作の本だけでなく、

製作物は貴重な代物になっている。


故にこれがもし彼が作った本物ならば、

こんな所で特価品となっているような物

ではなく、今頃は博物館に納められて

いてもおかしくはない。


だから、偽物とは思うのだが…



「音、全然聞こえないでしょう?でも

それ壊れているんじゃなくて、犬笛

なんですよ」


ハーモニカをしきりに気にしている様子を

見ていた店員がレヴァンに話しかける。


あぁ、なるほど…犬笛か。


犬笛と言われて、先程からどんなに強く

吹いても音が小さくしか聞こえない理由が

少しだけわかった気がした。


恐らく狼男のズィマの血を常に食事として

飲んでいるレヴァンだからこそ微かにでも

聞こえたに違いなく…

きっとズィマには、よりクリアに美しく

このハーモニカの音色が聞こえるのかと

思うとちょっとだけ羨ましく思う。


「装飾も綺麗だし、かの有名な魔術師

ジャック=フォレスティアムの銘もある

から、皆興味は持つんだけどねー…

楽譜もあるんだけど、なんせ音が聞こえ

無いから感で吹くしかないでしょう?」


店員は自嘲気味に笑いながら言葉を

続ける。


「ひいじいさんの代に本物だと意気揚々と

仕入れてきたようなんですがね、誰も巧く

吹けないから、魔道具として本物か誰も

見極められず…結局売れなくて」


…と、特価ワゴンを指差す店員。


人間には全く聞こえず、ズィマの血を飲む

レヴァンには微かに聞こえるというような

仕様にするのは余程才能を持った人物で

なければできない芸当である。

…恐らく本物なのだろう。


博物館行きの魔道具がこんな値段で手に

入るというチャンス。


ただ、レヴァンにとってどんなに特価で

とても安くてお買い得!…と感じても、

やはり専門知識の必要な生活に関わりの

無い魔道具だけあって、買ったのがバレる

とまたズィマから怒られかねない値段では

ある…


魔術に関わりの少ないズィマからしたら

ちょっと装飾が豪華な単なるハーモニカ

という認識になるのは目に見えているので

買った際の言い訳をどうしようか非常に

悩む所である。


「もうひいじいさんの代から何百年も

売れずに残ってる物だから、処分価格と

して楽譜やケース付きで更にこの特価から

値引くけと…どう?」


「…具体的にはどの位…?」


「それに興味を持つような人も最近じゃ

年単位で居なくてねぇ…これもご縁だと

思って………これくらいでどうかな」


レヴァンは提示された値段を見て、思わず

心の中で感嘆の声をあげる。


特価中の特価。

もう、二度とこのような値段で買うこと

などできないであろう金額。


宝石を売る必要の無い価格なので、黙って

いればズィマにもなんとかバレずに

誤魔化せそうな程度の数字。


店員の最大にして最強の魅力的な売り文句

に物欲は一気に理性を振り切ってしまい、

誘惑に完敗してしまったレヴァンは金貨

入れの口をいそいそと開けてしまうので

あった…



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