episode2―6
「今日はハロウィーン。
女はいくらでも化粧で化けられまして
よ?」
ハロウィーン…
確かに実在の人物に仮装している人が
居てもおかしくはない。
しかし…実際に彼女を目撃したのなら
ともかく、雰囲気や印象そのままの姿
が肖像画という情報だけでここまで
再現できるであろうか…?
「すみません、先を急ぎますので失礼…」
本能が警鐘を鳴らす。
ここに長居をしてはいけないと…
例え、彼女が女史と全くの他人であった
としてもいつまでも傍に居たい容姿では
ない。
『…ゲームは、場を乱す駒があれば
盛り上がるものよ』
「………っ…?」
何かが聞こえた気がして後ろを振り向けば
真っ赤なルージュが弓形に笑みを作り
レヴァンを見つめている。
その笑みがとてつもなくおぞましい物に
見えて、レヴァンはまるで逃げ出すかの
ように無意識に走り出していた。
「たまには凡俗の人混みの中へも足を
運んでみるものね」
後ろ姿を見送る視線を離さぬまま女が
口を開くと、どこからか男が現れ侍する。
「あの男から貴方が求めて止まない最後の
材料の匂いがするわ…そう、人狼の…」
その言葉で男の目が見開き、顔色がサーっ
と変わった。
「さて、愚かな罪人…自分が何をすれば
良いのかわかっているわね?
失敗すれば貴方や貴方の大切な人を蝕む
病を治す手立ては無くなるわ」
女の言葉に男は深々と頭を下げる。
そしてレヴァンの後を追うように人混みへ
と紛れ込んだ。
それを見届けた彼女は小さくほくそ笑む。
「気まぐれで野へ放した人狼がまだ生きて
いたというのは嬉しい誤算ね。
しかも、他種族のおまけまで…」
興奮を隠しきれないとばかりに顔を高揚
させ、舌なめずりをした。
「種があればいくらでも養殖できるわ…」
女は意味深な言葉と残酷な笑みを口元に
湛えながらドレスの裾を翻し、闇へと
溶ける。
女が消えた後には、まるで何事もなかった
ように祭りの喧騒が辺りに響き渡って
いた……
「お帰りレヴァン、遅かっ……
どうしたの、顔色が悪いよ?!」
出迎えたズィマは険しい表情をして
青ざめたレヴァンの様子に驚き、慌てて
彼の元へと駆け寄った。
「祭りなんかの急な人混みに出たから
気分悪くなった…?もう帰ろうか?」
オロオロしながら彼の肩に手を掛け、
支えるズィマを大丈夫だと片手で制止す。
「…ズィマ、説明は後で。
後ろを見ずにそこの人気の無い建物の影に
このままゆっくり移動してください」
レヴァンの小さく囁く深刻な言葉にズィマ
も息を飲み、すぐに彼の指示に従う。
歩みを進め、一つ狭い路地に入れば、
大通りの喧騒が嘘のように静かで、まるで
別の世界が広がっていた。
二人は更に奥へと進んでいく。
人々は皆、祭りへ出ているのであろう、
建物の明かりは完全に日が暮れた時間だと
いうのに殆ど着いておらず、夜目が利く
二人でなければまっすぐ歩く事すら困難
だったに違いない。
辺りを見回し、人気の無い事を確認して
ズィマはレヴァンに向き直る。
「この辺りでいい?」
レヴァンに声を掛ければ、彼は小さく頷き
袋小路の壁に手を当てた。
短い詠唱があったかと思うと掌を中心と
した光の輪が幾重にも生まれて大きく
魔方陣が出来上がっていく。
そしてズィマはレヴァンに腕を引かれ、
二人は急いで魔方陣へと飛び込んだ……
…魔方陣が跡形もなく消え、しばしの静寂
の後、男が息を切らして駆け込んでくるが
そこには誰も居ない。
「くそっ…!」
男は心底悔しそうに握りこぶしを石壁に
思いきり叩きつければ、その勢いで皮膚が
裂け、血が滲んでいく。
その裂け目を庇うかのように、彼の袖口
から細い植物の蔓が何本も這い出てきて
巻き付いていく。
男はその蔓を苦々しげに一瞥し、無造作に
むしりとった…
人成らざる者達が絶滅したのをきっかけに
今まで便利に使ってきた魔術や魔術具が
簡単に作れなくなってしまい、人々の
暮らしは一時的に退化した。
その大部分は多大な手間と大量の材料、
時間を要する事で、魔術や道具、薬等は
おおよそ補完する事はできたが、それでも
今でも補えない物がいくつかあった。
…彼を侵している病の特効薬も、人成らざる者の材料が無い為に特効薬が作れなく
なった物の一つ。
ーー通称キメラ病。
人間が何らかの原因で人では無い物へと
変化していく病。
その中でも彼はドリアードという樹人に
なる病を抱えていた。
…そして、彼の故郷の人々も。
魔術師ギルド長は約束してくれた。
彼女に忠誠を誓い仕えていれば、材料が
手に入った際、真っ先に故郷の人々を
助けてくれると…
だが、故郷では症状が進み、もう手遅れに
なった者も出てきていると聞く。
…時間が無い。
ようやく手に入れた人成らざる者の
手掛かり、失う訳にはいかない。
…何か……何かっ!
しばらく歯を食い縛り、壁に頭を擦り
付けていた男が、何かに気付いたように
ばっと顔を上げる。
「一緒に居たあの男…、確か……」
やがて確信を得たような表情をし、男は
身を翻して来た道を走り戻っていった…
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