episode2―5



反射的に強く握ってしまった尻尾が

痛かったのか、それとも貰いに行こうと

していた行動を諌められたのが気に入ら

なかったのか…、ズィマは唇を突き出し、

不満そうにしている。


「買ってきますから、ここから動いちゃ

駄目ですよ!誰かに貰いに行ったりしたら

おやつ全部取り上げますからね?!」


指を差しながらレヴァンが強めに言うと

ズィマは頬を膨らませながらも、しぶしぶ

再び座り、待ちの姿勢に入る。

その姿はまるで飼い犬がお座りさせられて

いるかの様子…いつまで我慢できるかは

わからない。


「ちゃんと待っててくださいよ?」


待ちの姿勢を取るズィマをいつまでも

待たせる事はできないと、レヴァンは

ズィマに念を押してから、急ぎ足で目的の

店へと向かった………



「…ったく俺に気を使いすぎなんだよ…」



レヴァンが屋台に走り向かう背中を見て、

ズィマは小さくため息をつく。


死に急ぐ彼を生かす為に無理矢理自らの

血を飲ませたのも、旅に連れ出したのも

ズィマが勝手に行ったこと。


その事にレヴァンは引け目を感じる事は

全く無い筈なのに、ズィマに対して彼が

萎縮しているような気がするのである。


現に二人で旅を始めて二ヶ月ほど経つが、

レヴァンからズィマに血を分けて欲しいと

言われたことがない。


先程だってそうだ、何か言いたげな様子で

苦虫を噛み潰したような表情をしていた

のに、結局何も言わず…


『存在を受け入れてくれないとわかってて

それでも尚、ずっと人間達の世界を旅して

いた事にもう一つ理由があるとすれば…

レヴァンと出会う為…かもな』


そうでも言えば、レヴァンは心を開いて

くれただろうか…


い…いや、これじゃまるで告白まがいの

ナンパ野郎のクサい台詞じゃねぇか、

なんで俺がレヴァンに告白するような

台詞言わなきゃならないんだ?!


「あぁ…言葉って難しいな…?!」


ズィマは変に熱くなってきた頬を隠す

ように手で顔を覆いながら俯いた。



―――


――


「こんな物を買うのにあんなに並ぶなんて

信じられない…」


この時期限定の有名なお菓子だったらしく

レヴァンは屋台に着いた時には既に大行列

がついていた。


しかも並ぶ人が皆こぞって大量に買って

いき、新しく作るのもなかなか追いつか

ないようで、レヴァンの番が来るまで

思ったよりも時間が掛かってしまった。


「こんなものの何が美味しいのかね…」


ほんの一口試しで食べてみると、じゃり

じゃりしゃくしゃくする味気無いものが

口の中へ広がっていく。


咀嚼し飲み込むも、まだ口内に残る妙な

不快感に、レヴァンは思わず口をへ文字に

曲げた。


ブラッドソーセージや乳製品ならまだ

それなりに美味しいとは感じるが、この

ような物になると…一応食べられない事は

無いが、積極的に食べたいとも思わない

味だと感じてしまう。


やはりズィマの血に勝る美味しい物は

無いな…と内心そんな事を思いながら、

お菓子を両手に抱えて人混みの中へと

分け入っていく。


…果たして大人しく待っているだろうか?


監視が無いのを良い事に、また大暴れでも

していたら…そんな心配が彼の背中を

押していた。


「キャッ…」


突然小さな悲鳴があがる。

どうやら急ぎすぎていたようで、肩が

ぶつかってしまったらしい。


「すみませんっ、大丈夫です……か…」


咄嗟によろめく女性に謝ろうとして、

思わず息を飲んだ。


黒く美しい長髪に、抜けるような白い肌。

紫色のロングドレスにローブを羽織り、

少しキツそうな面立ちに映える艶っぽい

真っ赤なルージュ。

…そしてどこか生気が無く、人では無い

ものを彷彿とさせる印象的な緋色の瞳…


まず、魔術師ならば知らない者は居ない

であろう、魔術関係の建物には必ず掲げ

られている絵画の人物。

そして、化け物狩りの先導者…


魔術師ギルド初代ギルド長ミシェル女史。


まるで肖像画から抜け出したような容貌。

…しかし、数百年も前の人物である。

まさかこんなところに居る訳が…


「魔術師の方は皆さん驚かれますわ」


相手が驚くのは慣れているとばかりに

コロコロと笑う。






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