episode2―4
「少しは気分転換になったか?」
屋台が並ぶ筋から少し離れた花壇の縁に
二人して腰を掛けて、足を休めていた時…
ふいにズィマは囁いた。
「…もしかして僕の為に…?」
「いや、俺が単に美味しいお菓子が
食べたかったから連れ出しただけだぜ?
…でもずっと正体隠したまま気を張ってる
状態が続くのは息苦しいだろ?
たまには羽目を外さなきゃな」
ズィマはイタズラっぽくにんまりと笑う。
今のレヴァンの状況に自らも覚えがある
のだろう…
あぁ、彼もやはり人間の世界で生きて
行くために何かと肩身の狭い思いをして
きたのだ、と妙な安心感を抱く。
「どうしてズィマは人間の世界で生きる
事を選んだんですか…?」
レヴァンのように隠れ住む選択肢なども
あったはずだ。
何故窮屈な思いまでして人間の世界で
生きていこうとするのだろう?
思わずレヴァンは問い掛けていた。
「んー…最初は俺も人間達に故郷を追われ
人間達を恨みながら隠れ住んでいたよ」
少し考えて、ズィマはぽつりぽつりと
話始めた。
「俺達人狼族は、人狼狩りが始まった頃から
一族が生き延びる為に混血を増やし、人狼の
血を徐々に薄める事で人間の世界に紛れよう
としたんだ。
でも俺が一族禁忌の純血として生まれたもん
だから、元々同族の村人にも避けられててな…
だから幼い時から一人で居るのが何となく
当たり前で。
おかげで人狼族が全滅して一人山に隠れ
住んでいた時は、別に孤独が寂しいとも
辛いとも思わなかったんだ。
でも、森で気まぐれで人間の女の子を助けた
時に人間の優しさと温もりに触れた…」
どこか遠い目をして思いを馳せるズィマ。
遥か昔の楽しかった日々でも思い返して
いるのだろうか?
「たった数十年…俺にとっては一瞬だった
けど…その温もりから離れた時、一人で
居るのが急に怖くなった。
随分長い間一人きりで居た筈なのに、何故
あんな風に俺は平気で生きてこれたのか
わからない位にな…」
温もりを知らなければ今でも一人で生きて
いれたのかもしれない。
でも一度優しさと温もりを知ってしまった
今は………
「人間の世界で生きる事を選んだ理由に
答えるとするなら、俺達より短い寿命を
懸命に生きてる人間達が好きだから…
かな?
…例え、俺の本当の姿を受け入れて
もらえなくても…ね」
そう言って、ズィマは寂しそうに笑った。
レヴァンはそんなズィマにかけることの
できる言葉を持たなかった。
人間達が化け物と呼ばれる人成らざる者達
を受け入れられるとは思わない。
自分達と違うものを拒絶し、排除して
繁殖してきた種族だからだ。
…己と違う者を許容できない弱い存在。
弱いからこそ他に対して攻撃的になって
己を守ろうとする存在…。
例え一時、受け入れてくれたとしても、
いつ掌を返すように裏切られるかも
しれない…ならば、必要以上に関わりを
持たなければ良いのだ…
だけど、ズィマは…
「いつかさ、こんな特別な日だけじゃ
なくても、人間の姿に擬態しない化け物の
俺達をありのまま受け入れてくれる…
そんな日がくると信じているんだ…」
ズィマの瞳は親子が楽しそうに連れ添い
歩く姿を捉え、それを優しそうな顔で
見つめていた。
そんな彼の姿にレヴァンは苦い顔をした。
永年生きてきて、それが叶わぬ夢物語で
ある事はズィマにも痛いほどわかって
居るはずだろうに。
それでも心のどこかでいつかは受け入れて
くれると信じる彼の事を思うと、レヴァン
の胸が痛んだ…
「何難しい顔してんのさ、レヴァン?」
眉を寄せて俯くレヴァンの姿を見、ズィマ
はおどけるように顔を覗きこんだ。
「…なんでも…ありません」
『いつか、人間達が自分達を受け入れて
くれる日がきっと来ますよ』
そんな優しい嘘さえつけない自分に嫌気が
さし、レヴァンは唇を噛み締めた。
「…あー!あれ、あの子が持ってるあの
お菓子、あんなの屋台に売ってた?!」
妙に暗い雰囲気になってしまったのが
居たたまれなくなったのか、ズィマは
話題を逸らそうと突然立ち上がり、一人の
少女へ指を指す。
レヴァンもその声に釣られ、視線を移せば
少女は棒付きの見慣れない変わったお菓子
を美味しそうに頬張っている。
「あー…、向こうの方で準備中だった
屋台が開いたのかな…?」
「な?!そんなのあった?!よし、あの子
にちょっと一口貰ってくる!!」
ぼんやり答えれば、ズィマは興奮した様子
で走り出しそうにした為、反射的に尻尾を
掴んで慌てて引き留める。
「ちょっと!?何考えてるんですか!
買ってあげますから馬鹿な事をしようと
しないでください!!」
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