episode1―9
……………
………
…
「………は……ぁ」
大きく息を吐いてレヴァンは体をゆっくり
と起こした。
飢えも渇きも感じず、まるで熟睡して
爽やかに目覚めた後のように心も体も
満たされている。
慢性的に冷えきっていた体は、今は隅々
まで温かい。
…断食して、ここ数百年無かった事だ。
辺りに芳しく甘い香りが漂うのを不思議に
思い…ふと、視線を落とす。
「……っ!?」
レヴァンの前には血の気を失い、青い顔を
してぐったりとしたズィマが横たわって
いた。
急激に血を失ったせいか、まともに姿を
保っていられなくなったのであろう…
人の姿形はかろうじてあるものの、耳は
すっかり獣の物となり、顔の輪郭部分や
腕には濡れたように真っ黒の毛が所々
生えていた。
恐る恐るレヴァンが彼の胸元へ耳を当て
れば、多少ゆっくりではあるものの、規則
正しく鼓動はリズムを刻んでいる。
呼吸も寝息を立てるように落ち着いている
のも確認し、彼の命に別状がない事に
一先ずホッと胸を撫で下ろした。
だが、彼をこんな目に遭わせてしまった
事に悔恨の念が沸き上がる…
「だから言ったのに…っ…!
…いや違う…、ズィマは何も悪くない…
僕が全部……ごめんなさい…あぁ、
何てことを…っ…」
途切れ途切れに言葉を紡ぎ、色を失った
彼の頬を四指で辿るレヴァン。
その感触にズィマはふっ…と目を開く。
未だ朦朧とする意識のまま視線を自分の
胸元にやれば、一筋の跡を頬に残した
レヴァンが嗚咽を堪えるように唇を噛んで
いるのが見える。
「…もういいのか…?
遠慮はするなよ、生きの良い狼男の血
なんて、滅多に出ない珍味だぜ?」
「ズィマ…っ!
あぁ…大丈夫ですか…っ!?」
わざとおどけるようにレヴァンの頭を
撫でながら呟くズィマ。
弾かれたようにレヴァンは体を起こし、
ズィマの顔を覗き込んだ。
紅い色眼鏡の奥には、何かに怯えたような
瞳。
愛する者を自らの手で殺し、失った事でも
重なって見えたのだろうか…?
…ごめんなさい…そう何度も繰り返す
レヴァンの姿を見て、ズィマはわざと
明るく言葉をかける。
「俺だって化け物の端くれだぜ?
お前が血を多少ガバガバ飲んだって、
人間みたいにあっさり死なねぇからよ…
そんな風に怯えて泣くなよ、子供かよ?」
「…貴方はどこまで馬鹿なんですか!
僕に危害を加えられていながら、その僕を
労るなんて…っ…」
「だって、仲間じゃねーか。
仲間を助けられて心底良かったと思ってる
し、これからだって助けて行きたいと
思ってるんだぜ?」
満面の笑みを向けられながら、語られた
言葉に戸惑うレヴァン。
「…これから…も…?」
「おいおい、食事ってのは一度取れば
それでいいなんてもんじゃないだろ。
今回は理性が効かない状態で数百年分を
一気に吸われたから、たまたまぶっ倒れた
だけで、次からはお前を飢えさせるつもり
は無いから倒れる事はねぇよ、安心しな」
何を言っているのかわからないという様子
で呆ける彼に少し焦れたようにズィマは
言葉を続ける。
「……あーー、もう、意外と鈍いんだな?
俺が傍に居てやるって言ってるんだよ!
それ位察してくれよ」
余程恥ずかしかったのだろう…
ズィマは手の甲で口元を隠し、頬を微かに
染めながらぷいっとソッポを向いた。
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