episode1―8


ズィマの提案に呆れているのか、言葉が

出てこないレヴァンを放っておいたまま

構わず自分の指先に歯を立てる。


プチ…と皮膚が裂け、やがて小さな紅の玉

が生まれ、それは少しずつ少しずつ、

じわりと大きくなっていく…


その様子をレヴァンは何かを堪えるような

苦々しい表情で見つめていた。


「……ズィマ、貴方は馬鹿ですか?」


皮肉めいたレヴァンの言葉に、彼は口の

片端をくいっと上げて笑う。


「目の前の死にそうな仲間を救える術を

持っているのに、敢えて助けないってのが

賢い奴のすることだってんなら、俺は

ずっと馬鹿でいいさ」


「……仲間…?」


「種族は違えど、この世で数少ない

化け物の生き残りっていう大きな共通点を

持つ仲間だ、よっ…と!」


「…ぅ…ぐっ…?!」


そう言いながら、紅の玉をレヴァンの口へ

指ごと無造作に突っ込む。

突然の行為にしばらく戸惑っていた

レヴァンだったが、紅の誘惑には勝てず

彼の指先の形をなぞるように舌を這わせて

ゆく。


鼻先に抜ける微かな鉄の臭い。

ほんの一滴の筈なのに、まるで蜜のような

甘さが舌の上に広がっていく。


身体が欲して止まない物。

心臓が音を立てて飛び跳ねる…


長年忘れていた美味に、レヴァンの全身が

総毛立つ。

一度思い出してしまった血への渇望は

壊れかけた理性などでは到底抑える事

などできない。

誰もが持つ食欲という欲望を叶える為、

レヴァンはゆっくりと目の前の食料へと

手を伸ばす…


「…別に飲む事自体に拒絶反応が出る

とかじゃ無いみたいだな?」


正気を失いかけたレヴァンが伸ばす手を

避けることもせず、ズィマはされるがまま

に床へ押し倒された。


レヴァンの口元には鋭い犬歯…

穏やかな雰囲気の青年の面影は今は欠片も

見当たらず、ただ其処には人間が忌避する

化け物そのものが居るだけであった。


「見事に立派で痛そうな牙だな…

頼むから痛くはしないでくれよ?」


苦笑混じりのズィマの言葉も届いている

のかいないのか…レヴァンは獲物が逃げ

ないように彼の四肢を押さえ付けながら

覆い被さり、首筋へ味見をするように

舌を這わせてゆく。


「………っう…」


レヴァンの柔らかい唇と舌の感覚と共に

首筋に熱い痛みが走った。


………じゅるりじゅるり…


命をすすり吸う音。

ゆっくりと血が抜かれる感覚。


手足が冷えてくる感覚が気持ち悪くて

軽く指を握ったり開いたりするが、効果は

無い。


熱い痛みが走ったのは噛まれた時の

ほんの一瞬…

今はレヴァンの牙が食い込む違和感にも

慣れ、舌がチロチロと舐め掬う感触が

少しくすぐったく思えるだけ。


冷えてゆく自分の体と対称的に温かく

なっていくレヴァンの背中へ腕を回す。


…誰かのぬくもりを最後に感じたのは

一体いつだっただろうか?


ズィマは自分の意識が徐々に遠のいて

いくのをまるで他人事のように感じながら

口元に小さく笑みを溢した…



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