episode1―5
「…………」
レヴァンの瞳が一瞬大きく見開かれた
ように見えたが、彼はすぐに平静を取り
戻し、咳払いして繕うように微笑む。
…だが、心なしか笑顔は硬い。
「えぇと…ズィマ、貴方は普通の方が
聞きづらいような事柄でも随分はっきり
相手に聞く方なんですね…」
「あー…回りくどいのはどうにも苦手
なんでな…」
二人の間に流れる沈黙。
…これは聞き方を失敗したか?
流石に直球過ぎたかと、ズィマは頭を
ポリポリと掻いて視線を空に踊らせる。
だが、この反応は図星といっても間違い
では無いだろう。
「…そう、ですね。
回りくどく言っても結果が同じなら、
単刀直入に言う方が却って煩わしくない
かも知れませんね…」
しばらくして沈黙を破ったのはレヴァン。
手元のワインを一気に飲み干し、彼は
大きく息を吐いた。
「ズィマの仰る通り。
依頼したのは僕、そして殺してほしい
化け物も…僕です」
先ほどまで浮かべていた笑みは消え、
真剣な眼差しでズィマを見据えている。
「人と姿形は同じように見えますが、
僕は吸血鬼という種族の人成らざる者」
「吸血鬼…」
「こんな姿をしていますが、これでも
300年以上は生きている身…
他生物を襲い、その生き血をすすり、
そしてそれを糧に生き永らえる…実に
浅ましく醜い生き物ですよ」
淡々と語る言葉の端々には、自分の生まれ
を心底忌み嫌う様子が容易に見てとれた。
「少し、昔話でもしましょうか。
貴方にとっては、他愛も無くつまらない
話かも知れませんが…」
そう言って、レヴァンは静かに語り
始めた。
…今から300年以上前に吸血鬼の始祖の
血族としてこの地に生を受けた事。
その頃はまだ人と人成らざる者との
垣根も低く、多少は反目し合う場面は
あったものの、それなりに共存していた
時代であった事。
人々は恐れを抱きながらも、彼等を領主と
して奉り、また彼等もほんの少しの代償を
求める代わりに、この地に大きな知恵と
豊かさをもたらした事。
その内に、一人の人間を愛し、その者と
共に生きたいと願うようになった事。
自分の一方的な思い込みと若さ故の浅慮
から、その人間の血を吸って同族にして
しまった事。
同族にされた人間は、いずれくるはずで
あった終焉を奪われ、周囲や時間に置いて
逝かれる哀しみと永久に続く生への絶望で
心を壊してしまい、無差別に動く者全てを
殺戮していく本当の意味での化け物と
成り果ててしまった事。
人間にも同胞にも多大なる犠牲者を出し
ながらも、そんな化け物を作り出して
しまった責任感から、自らの手でその
愛する人間を殺してしまった事。
それがきっかけとなり人間達との交流は
断絶してしまい、時代の流れもあって
血族は全て狩られ、むざむざ自分だけ
生き延びてしまった事。
そしてその時の悲壮な断末魔と愛する者を
手にかけた罪の重さ、自分のせいで結果、
血族を絶やしてしまったという罪悪感が
深くトラウマとなり、怖くて人間の血が
吸えなくなってしまった事…
語り終わり、レヴァンは大きくため息を
ついた。
「…あれから何度、愛した者の断末魔で
目覚めたでしょうか…
もう…耐えられないのです」
眉を潜めて苦しさを吐き出すように
呟いた。
「幾度死のうと考えたことか…
けれどこの人成らざる身で自ら命を絶とう
とすれば、命が尽きる前に自我が崩壊して
何の関わりの無い者達を殺戮して回る
化け物になりかねない。
だから、僕が壊れたとしても動けない
ようにと餓死することを選んだけれど、
そんな程度じゃ簡単には死ねなくて…」
「…生命力が強すぎて絶食したくらい
じゃ死ねない…?」
ズィマの憐れみにも似た呟きにレヴァンは
苦笑する。
「でも流石にね、そろそろ理性の方が
限界なんですよ。
このまま理性を失い壊れてしまえば、
愛した者と同じ道を辿ってしまう…
…だから…っ…」
「……で、ここに繋がる訳だ」
ズィマが依頼書を片手でヒラヒラさせる
のを見、レヴァンはこくりと頷いた。
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