episode1―4
………
〜〜…~♪
ようやく壁を登り終え、バルコニーへと
辿り着いた彼…ズィマは、部屋から死角
となる場所に身を潜めた。
オルガンは未だ途切れること無く曲を紡ぎ
続けている。
壁に寄り添いそっと中を伺えば、仄かな
明かりの中で部屋の中央にある大きな
オルガンに向かい、一人の青年が無心に
曲を奏でていた。
空間に響き渡る、包み込むような旋律。
まるで体の一部かの如くオルガンを操る
術は一枚の絵画のようで、そこから表現
される重なり合う音の響きは、暖かさを
含みながらも、儚さや懐かしさ…そして
やはりどこか寂しく悲しげで…
地平線を紡ぎ詠う丘という名称はこの
オルガンの音色から来たのではないかと
思うほど、旋律がズィマの心に沁みた。
だが、何故この青年は普通の人がおおよそ
来れる状態ではない森を超え、廃墟と成り
果てた城にいるのだろうか?
…まさか…あれが?
依頼書にあった人を襲う化け物の文字が
頭を過ぎる。
貴族らしき白の衣服に紅に見える色の
ついた眼鏡をかけた、穏やかで人の良さ
そうな青年である。
肌は白く、少しばかりやつれた感じは
憂いを伴い、見る人が見れば、美青年とも
称されてもおかしくない程には見目は
整っていた。
吹けば飛ぶような様相…到底人を襲う
ような化け物には見えない。
だが…
「…夜風はまだ冷たいでしょう。
どうぞお入りになっては?」
いつの間にかオルガンの音は止んでいた。
窓から半身を乗り出しながら、青年は
バルコニーの影に居たズィマを見、ニコリ
と微笑んだ。
「わざわざこんな高い所から来なくても
門は開けてあったからそこから入って
くだされば良かったのに」
ソファーに座るようズィマに勧めながら
嬉しそうに部屋の隅にあるルームバーの
カウンターでいそいそと客人の為の飲み物
を用意する青年。
まさかこのような歓待を受けるとは…
身の置き所がなく、ソワソワしながらも
ズィマは辺りを見渡した。
廃墟の外見からは全く想像できないほど
美しく装飾された広い部屋。
天井からはキラキラ輝くクリスタルの
大きなシャンデリアが吊り下げられ、壁
には年代物の古い鎧や、鈍く不気味な色に
輝く剣が何本も飾られている。
「この城に客人なんて来るのは久し振り
なので、用意が無くてこんなものしか
お出しできませんが…」
青年は2つのグラスと年代物と思われる
高そうなワインを持ってきた。
「改めて…初めまして。
僕はこの地の領主を代々勤めている、
レヴァンボロスと申します。
…といっても、領民も既に無く肩書きが
残っているだけなので、畏まらずに
レヴァンとでも呼んでください」
「俺はズィマ。
冒険者…というよりは、どちらかというと
放浪者って方がしっくりくるかもな」
よろしく…とズィマが握手を求めれば、
レヴァンもはにかみながら手を差し
出した。
「こちらへは何の用事で?」
レヴァンはワインをズィマに勧め、自らも
飲みながら尋ねる。
相手の懐に入り込んでいる状況で変に
誤魔化すのもおかしな話だと、決心し
ズィマはポケットから依頼書を取り出し、
彼の前で広げて見せた。
「確認したいことが2つあるんだ。
まず1つは…この依頼をしたのは
レヴァン?」
依頼書を目にした途端、レヴァンは子供の
ように目を輝かせる。
「あぁ、やっぱり!
長年待っていた甲斐がありました。
ようやく来てくださったのですね?!」
心底嬉しそうに微笑むレヴァン。
「これでやっと僕の肩の荷が降りると
いうもの…」
病的に白く見える肌は少しの興奮で
ほんのり紅が差したようにも見えた。
「では、早速依頼の詳細を…」
レヴァンが身を乗り出して説明しようと
するのをズィマは片手を挙げ、制止する。
「その前に確認したいことがもう1つ。
この依頼書にある化け物ってのは…
レヴァン…じゃないのか?」
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