episode1―3
「…あんたも物好きでお人好しだねぇ?
頼んだ俺が言うのも何だが…」
半分呆れるような声で酒場の主人は彼に
言った。
旅の途中で立ち寄った宿場町。
この街を中心に四方に伸びる街道がある
ため、昔から人や物資が豊富に集まり
栄えてきた大きな場所だ。
辺りを見渡せば、旅人や冒険者の為の店が
建ち並び、賑やかな声や音が響き渡る。
彼も周りの一般的な冒険者がするのに
習い、鍛冶屋で身を守るための武具や
道具のメンテナンスを頼み、仕上がりを
待つ間に冒険者ギルドを兼ねた酒場に
来ていた。
ご機嫌な様子で酒を酌み交わし、旨い物を
頬張りながら舌鼓を打つ人々を見ている
と、どこにでもあるごく普通の酒場と
一見変わらないようにも見える。
だが、壁一面に貼られた依頼書のメモが
やはりここが冒険者ギルドである事を
主張していた。
特に何の目的も有るわけではなかったが、
彼はぼんやりとメモを流し読みしていく。
犬の散歩や畑作業の手伝いや届け物依頼、
大型獣の退治や盗賊団壊滅依頼、果ては
旅団のボディーガード、騎士団募集まで…
様々な依頼が貼り出してある中で、隅の
方に一際古臭いメモがあり、彼は何気なく
その依頼メモを手に取った。
『人を襲う化け物を殺してほしい』
「興味あるのかい?
でも、おかしな依頼書だろ?」
いつの間にか側に来ていた店主がニヤニヤ
しながら彼の手にある依頼書を指差す。
「この化け物ってのが一体何なのかも
書かれていないし、この依頼の場所も
今は一面に樹海が広がっているそうだ」
店主はカウンターまで彼を招き、分厚い
本を開いて古い地図を見せてくれた。
「どうやら数百年前この街が出来る以前に
『地平線を紡ぎ詠う丘』を抱く宿場町と
して結構栄えた街だったらしい。
でもいつ頃何で滅びたかは資料が無いから
残念ながら詳しくはわからねぇんだ。
この依頼が本物だとすると化け物
とやらに滅ぼされた…ってとこかな?」
ふんふんと店主の話を聞いている彼に
気を良くしたのか、ひとつ咳払いをし
店主は更に話を続けた。
「昔の文献にはその頃あちこちに化け物と
言われる奴らが徘徊していたらしいん事を
書いてあるんだが、魔導師ギルドが
出来て、討伐が進み…今じゃ全滅した
のか、すっかり化け物なんてもんは
おとぎ話の住人となっちまった。
…でもこういう依頼書が実際にこうして
残ってるってのもロマンだろ?」
彼は手元の依頼書に目を落とす。
地平線を紡ぎ詠う丘に、化け物のいた時代
の依頼書…か。
「しかし、現実はロマンじゃ到底食って
いけなくてな…」
パタリと本を閉じた店主が大きなため息を
洩らす。
「破格の依頼料は預かっているんだが、
実際依頼した奴の事を古株の爺さんに
聞いても、その爺さんが物心ついた時には
既に依頼はあったというし、その親父さん
も依頼人の顔は知らないと言っていた
らしい…
依頼料預かっている手前、勝手に処分する
訳にもいかねぇし、かといって仕事に
ならない依頼書をいつまでも置いてると、
何かと上が煩くてな…」
チラリと店主が彼に視線をやったかと
思うと、突然彼の手を握り締める。
「なぁ、あんた!もし急ぎの旅でも無い
のならこの依頼が有効かどうかを確かめて
来てはくれねぇか?」
驚いて目を丸くする彼に構わず店主は
話を続ける。
「あんた程、この依頼書に興味持った奴
は今まで殆どいないんだよ…
もちろんまだ依頼が有効で、依頼遂行が
出来たら依頼料は全額払うし、倒せなさ
そうだったり無駄足になった時にゃ、
戻って報告してくれりゃ、俺が相応の
依頼料をちゃんと出させてもらうし、
どうだい…頼まれてくれねぇか?」
勢いに押され彼が頷けば、店主は気が
変わらぬ内にと慌てて依頼受諾の手続きの
書類を用意し始める。
「…あんたも物好きでお人好しだねぇ?
頼んだ俺が言うのも何だが…」
受諾書類を素直に書いている彼を見ながら
呟いた店主の言葉に彼は苦笑いをする。
だが、店主に強引に引き受けさせられた
形にはなったが、恐らく店主が何も
言わなくても彼はこの依頼を受諾して
いただろう。
地平線を紡ぎ詠う丘の化け物…
本当に化け物がいるのだろうか…?
「よし、これで手続きは終わりだ。
とりあえず今日の所は面倒事を押し付けた
詫びとして飯と酒と宿代位は俺のおごりで
出してやるからゆっくり休んでいって
くれ…えぇと、あんたの事は何て呼べば
良い?」
どこかすっきりした顔をし、機嫌の良さ
そうな店主に名を聞かれ、彼は笑みを
返しながら答える。
「ズィマ…だ、よろしく」
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