episode5―25




「そんな情報は私のデータベースには

入っておらんよぉ?

チミぃ…それはぁ本当かねぇ?」


食って掛かってきそうな勢いでズィマへと

詰め寄るバルーン。


「えっ、はぁ、俺は魔術に殆ど詳しく

ありませんが、教えてくれた魔術師は

魔術の知識は相当詳しいですし、嘘を言う

ようなタイプではないので…

あ、でも相当昔の話らしいですし普段使う

ようなものではないので、今では代々

専門的に技術を受け継いでいる人しか

知らない事なのかもしれません…」


しまった…


人成らざる者の昔…とは10年20年といった

単位では無いことを、今更ながらに思い

出す。


今までの情報を頭の中で纏めているの

だろうか?ふむぅ、ふむふむと唸りながら

部屋の中を忙しなく歩き回るバルーン。


やがてその動きはまるでダンスを踊るかの

ように激しくなっていく。


「それが本当ならぁ、わたくしはぁ大きな

考え違いをぉしておったのかもぉしれん。

もう一度詳細を洗い直さなければぁ!

もしかするとぉ大きなぁ陰謀があるのかも

しれーん!」


「あ…お、俺…そろそろ戻らないと…」


ターンをしたり杖を振り回したり…と

テンションがマズイ程に上がってきた彼を

見て、ズィマは顔を引き攣らせながら

本能的にそろりとドアへ向かう。


こういうテンションになった人の傍に居て

陸なことが起きた試しはない。


「それじゃ……ヒィッ!」


ドアノブへと伸ばした手を突然前触れも

なくガシッと掴まれ、思わず小さな悲鳴を

洩らす。


「チミのぉー名前はぁ?」


顔を間近に寄せられ、無意識に距離を

取ろうと後ろへ下がるズィマ。


「…サーカスの公演期間だけ…雇われて

いる…冒険者のズィマといいます…」


恐る恐る答えれば、ニタァリと満面の笑み

らしい、気持ち悪い笑顔を浮かべながら

ズィマの両肩に手を置き、更に顔を近づけ

てくる。


「ズィマ君かぁ…初対面でぇ私にぃ実に

的確な意見をしてきたのはぁ、君が初めて

だよぉ?…気に入った!」


何を考えているのかわからないくせに、

心の奥底まで見透かされるような妖しげな

緑色の瞳。


もう片方の至近距離で見る義眼は、まるで

カメレオンの如く、くるくると動いていて

何度も言うが、実に気持ち悪い…


ひいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ…


声にならない悲鳴をあげるズィマ。


半獣の姿であったなら、底知れぬ恐怖の

為に耳はペタリと伏せられ、尻尾は恐らく

股の間に巻き込んでいることだろう。


「情報がぁ新しくぅ入った時にはぁ、

君にも連絡することにぃしようぅ…

君もぉ、気付いたことがぁあったらぜひ

私にぃ連絡してきてくれたまえぇよぉ?」


コクコクと首を縦に激しく振り、ズィマは

逃げるように建物を後にした。


そして逃げるように帰ってきたその足で

ズィマはレヴァンに事の一部始終を説明

する。


おかしな人間が居たことに同調と慰めを

欲していたが、彼から返ってきた返事は

ズィマの期待を裏切るものであった。


「随分面白い人のようですね。

義眼なんて心体に相当な負担と悪影響を

及ぼしているでしょうに…」


「もう、凄く変な人だったんだよ!

怖かったんだよ?なんか急に踊り出したり

不気味だし!」


まるで親に一生懸命説明する子供のように

わさわさと両手を動かし、バルーンの

落ち着きのなさを表現するズィマ。


そんなズィマを微笑ましいといった表情で

レヴァンは見つめ返した。


「それは恐らく義眼の影響でしょうね。

義眼を嵌めるというのは、魔力を持たない

人間が常に制御できない魔力の塊を体内に

埋め込んでいるのと同じ事。

些細な言動異常だけで済んでいるのが

奇跡ですよ。


まるで鋼鉄の精神力、一応話には聞いて

いましたが流石は世界の図書館と称される

バルーン・ヴァルガン…というべきで

しょうか」


「世界の図書館? えっ、何、レヴァン

彼を知っているの?」


ズィマはレヴァンの言葉に目を丸くして

詰め寄る。


「以前その方が企画中心となって行われた

キメラ病撲滅プロジェクトに魔術師ギルド

が協力した際、直接は会ってませんが僕の

開発したドリアード化の進行を遅らせる

調薬レシピを提供した事がありましてね。


その頃から大層奇行が目立つ超変人という

噂はありましたが、いやはや、実際の仕事

振りは素晴らしい計画と実行力、適材適所

の采配などあまりの手際の良さに、流石の

僕でも舌を巻いたものですよ。


有能な方なので、てっきり政治の中心で

活躍されているかと思っていたのですが、

まさかこんな所にいらっしゃったとはね」


「…ふぅん」


レヴァンがここまで他人を誉めるという

ことはかなり珍しい。


と言うことは、余程凄い人間なんだろう

けれど、やはりどうにもあの濃いキャラは

苦手だなぁ…などと思いながらズィマは

相槌を打った。


「さて、おおよそ概要も掴めましたし

そろそろ行きましょうか」


先程までズィマの報告してきた内容を書き

留めてそれを眺めていたレヴァンは急に

立ち上がり、メモを懐に入れた。


「えっ、どこいくの?」


「彼の能力なら、調査結果が出るまで

そんなに時間は掛からないでしょう。

それまでに彼が持ってきた調査内容を

証拠として相手に突き付ける前準備は

ある程度こちらでしておかなければ

いけませんからね。


相手も計画が狂って焦っているはずです。

犯人である確証を取るためにも早く団長の

所へ行きましょう」


そう言って、レヴァンはツカツカと部屋を

出て歩き出す。


「確証って、レヴァンはもう犯人わかっ…

…って、ああぁぁぁ!待って、待って!

格好、姿!そのまま行くの?!ねぇ!」


ズィマの質問など耳に入っていないかの

ように先へどんどん構わず進むレヴァンを

ズィマは慌てて追い掛けた。



……



「…やはり僕の考えで正しいようですね」


レヴァンは頷き考え込んだ。


「……ねぇ、ズィマさん…?

相棒さん、なんかどこかでお会いした

ような気がするんですけど…」


ふむふむと自分だけで納得する様子を

横目に、ロウはズィマへと耳打ちすれば、

ズィマは苦笑いをする。


人の事を猪突猛進だの周囲が見えてない

だの言うくせに、自分だって夢中になると

周囲を見ずに突っ走るじゃないか…と

言いたい気持ちをぐっと堪えてレヴァンを

見れば、当のレヴァンはロウから聞いた

情報を頭の中で纏めているらしく、

心ここにあらず…といった様相である。


ズィマはそんなレヴァンを横目に小さく

ため息をついた。



ロウの元へとやって来たのはズィマの部屋

を出た直後……


レヴァンは蝙蝠の姿に化ける事なくロウの

部屋の扉を突然バッと開けて入り込み、

そして驚くロウに一言も話す隙さえ与えず

自己紹介もせぬまま、事件を時系列順に

語りだした。


最初は何がなんだかわからないといった

顔をしていたロウも、横にズィマが妙に

なんだか申し訳無さげに傍に居るのを

見て、件の相棒だと察したのだろう。


すぐに頭を切り替え、レヴァンの話に耳を

傾け、彼の問いに次々答えていき、今に

至るのだった。


「団長、なんかすいません…突然…」


長考に入っているレヴァンを横目に

ズィマは申し訳無さげにロウへ頭を

下げれば彼はニッコリと微笑みを向ける。


「いえ、まぁ、確かに入って来られた時は

少々驚きはしましたけどこの街へ来て多少

バルーンさんで慣れましたから大丈夫

ですよ。

それより、犯人がわかったんですか?」


「えぇ、後はバルーンさんが確証を調べて

持ってきて頂ければ相手も誤魔化しが…

…っ?!」


「…なっ!?」


ロウの言葉にレヴァンが身を乗り出して

説明しようとしたその瞬間、ズィマと

レヴァンは何かに気付いたように一斉に

振り返った。


「えっ、何? ズィマさん、どうされたん

です? 何かあったんですか…?」


「レヴァン…今の音って…まさか」


ロウの言葉も聞こえないかのように遠くへ

耳を澄まして場所を探る二人。


「獅子達の居る方からですね。

犯人が強行手段に出たのかもしれません。

急ぎましょう!」


二人は顔を見合わせると、ロウの部屋を

慌てて飛び出していく。


そんなただならぬ二人の様相に、ロウも

嫌な予感を察し、顔色を変えて二人の後を

追い掛けたのだった。



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