episode5―24



「バルーンさんの仰る通り、動物達が

狙われているのを知って、少し気になる

事があるので調べているんです。

動物達の変死が続いていると言うのは

いつくらいからですか?」


ズィマは彼の正体までも見透かすような

視線に居心地を悪くしながらも説明すれば

カイゼル髭の端を指で弄びながらソファへ

深く腰をかけ直した。


「んむぅ…こちらへ報告があったのはぁ

ソラデス大道芸大会があった半年と17日前

だねぇ? 実際はぁ大体1年とぉ7ヶ月、

22日前のぉハンジー移動動物園での出来事

がぁ最初だったと、記録してぇおるよぉ」


長く細い脚を強調するかのように脚を

組み直しながら、彼は答える。


「動物園での出来事…?」


何も見ずにスラスラと詳細な日にちまで

出てくる事にズィマは驚きながらも、質問

を続ける。


「そぅよぉー?あれはぁ悲しいぃ事だった

ねぇ…ハンジー移動動物園の人気者の豹が

最終日の目前で死んじゃってねぇ。

急病だったそぅだよぉ?」


「急病…」


ズィマは獅子達のぐったりした様子を

思い出し、顔を曇らせる。


もし、毒物だと気付かなかったら彼等も

急病という事で命を落としていたかも

しれないのだ…


「その後半年前の大道芸大会でぇ、一番

人気だった大タカが演技中、急に痙攣を

しはじめて死んだのでぇ、ちょっとした

騒ぎになってだねぇ…」


バルーンは痙攣をするタカを体で表現し

ながら話を続ける。


「調べてみたらぁ、ハンジー移動動物園

から以降、動物の演目を扱う団体で何か

しら毎回急病でのぉ動物死亡案件が起きて

おる事が判明してだねぇ?

それでぇ我々がぁ調べておる最中という

所なんだよぉ。

だがぁ、肝心の証人がぁ既に街を離れて

しまっておるのでなぁ、問い合わせるにも

時間がぁ掛かっておるのだぁよ」


相変わらず髭を弄びながら、天井を仰ぎ見

大袈裟にため息をついてみせた。


場に沈黙が走る。

その沈黙を破ったのはズィマだった。


「その死因って、遅効性の毒物だったん

じゃないですか?」


ズィマは本題へと話題を切り込む。

これを聞かなければ来た意味がない。


その言葉に、先程までのほほんとしていた

バルーンの顔付きが変わる。


「…ほぉう。

その事はぁつい先日、以前公演しておった

所からの返信書面情報を集めて、その疑い

があるとぉ検討しておった内容ぉ…

チミはぁ、何をどこまで知っておるの

だぁね?」


彼はその問いに体をゆっくり起こす。

そしてバルーンはサングラスを外し、

ズィマを見据えた。


左目は緑色、右目は銀色の義眼…


口調は今までの通りまるでふざけている

ようだが、瞳は笑っていない。


威圧感さえ感じる程の眼力。


圧倒されながらもズィマは口を開いた。


「今回、獅子達が使われたのは遅効性の

毒物だったんです。

一緒に調べている調薬魔術師の知り合いが

言うには、鼻の利くはずの動物に毒を

飲ませるのには何か方法があるんじゃない

か、そしてそれは別の動物でノウハウを

身に付けたんじゃないかって…」


「…でぇ? 過去のイベントで似た事がぁ

起こっているかを確認しに来たとぉ?」


コクリとズィマが頷けば、バルーンは

顔を覗き込むように身を乗り出してくる。


「ロウ団長が、貴方ならわかるはずだと

紹介してくれました」


おずおずとズィマが答えれば、しばらく

真顔だったバルーンは口の片端をニヤリと

歪めて笑った。


「…ついて来なさい。

チミにぃ、見せたい物がぁある」


立ち上がり、杖を振り左右にブレながら

歩くバルーンの後に続くズィマ。


階段を上り、案内されたのはこじんまり

した会議室のような場所。


机や椅子の上には本や書類が山のように

積まれていて今にも雪崩が起きそうな

様子である。


彼によると、ここは今まで起こった動物

変死の事柄の資料を置いている場所だと

いう。


バルーンはその山を掻き分け、一冊の

ファイルを引き抜き、ズィマへと差し

出した。


「これは…?」


「このファイルはぁ、今まで亡くなったぁ

動物達の写真だよぉ」


パラパラとファイルを捲りながら見れば

様々な動物達が脈動感溢れる姿で駆け回る

姿が写真に納められている。


「生前の写真ですか?」


「だとぉ思うだろぉう? でもこれは

被害に遭った本物の動物を使って撮った

写真だそうだよぉ」


「剥製、ってことですか?」


そう言われて写真をよくよく見れば、背景

はどことなく作り物という雰囲気があり、

彼等の表情はどれも動きに不釣り合いで

どこか硬い様子であるのがわかる。


だがこれが作り物であると言われなければ

到底わからないであろう。

動物達の毛並みも良く、それほどまでに

剥製の完成度は高かった。


「ハンジー移動動物園の園長がぁ急病で

亡くなった豹を思い哀しみぃ、火葬する

のを拒んだ為にぃ、こうやって永遠に姿を

留めていられるぅ剥製にしたのがぁ

始まりでぇ」


カイゼル髭を弄りながら資料を置いている

テーブルへと腰掛けて、彼はページを捲る

ようにズィマへ指示をする。


「後に続く動物の主人達も、それが愛の

形であるとばかりに剥製を造り始めたと

いうことですか?」


「チミぃ、中々頭がぁ回るぢゃぁない

かぁ」


ズィマの回答に機嫌を良くしたらしい

バルーンはニンマリと笑った。


「これらの動物達はぁ既に8体にもなって

いてぇ、大型動物も多くて保管場所も

無いのでなぁ。

一昨年出来た旅館がぁハンジー移動動物園

の手伝いをしておったぁスタッフのぉ親が

やっていたという縁でぇ、場所の提供を

申し出てくれてぇ、そのまま他の剥製も

合わせて今も無償でぇロビーを借りて

保管という名のぉ展示しておるのだよぉ」


「展示…ですか」


死して尚、休むことなく人の目に晒される

動物達は一体何を思うのだろうか。


ズィマは無意識にぎゅうっと拳を握って

いた。


「どれも元々人気のあった動物達、迫力も

相まってぇ今はぁ人気の観光名所にもぉ

なっとるそうだよぉ?

無償でぇ場所を借りている手前、展示を

するなとはぁ、こちらは言えんからなぁ。

まぁ、それはぁ良いのだがぁ…」


ズィマの様子に気付く事なくバルーンは

話を続ける。


「先程ぉチミが言っていたぁ毒使用はぁ

色々聞き及んでいる内に私も怪しいと

思ってぇ調べてみたんだがぁ…

剥製屋で調べてもらってもぉそんなものは

使われていないとぉ言うのだよぉ。

しかし実際は使われていたとぉなると…」


バルーンは杖でトンっと床を突きながら

立ち上がり、山と積まれた書類をボスンっ

と叩く。


「これも知り合いの魔術師が言っていた事

なんですが、今回使用された遅効性の毒は

昔は剥製を作る時などに使われていたそう

ですよ」


「なん…だとぉ…?」


ズィマの言葉にバルーンは目を見開いた。


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