episode5―23



―――


――


「良かったぁ……」


ロウはズィマからの獅子達の様子を伺い、

ホッとした様子で胸を撫で下ろす。


しばらく安静が必要だという話にやはり

顔を曇らせはしたが、舞台は他の動物達も

居るのでなんとかなります、とズィマに

笑顔を向けた。


「他のイベント団体での動物に絡んだ

事件か事故…ですか? うーん…」


ズィマはその話題のついでとばかりに

噂があるかを聞いてみたのだがどうやら

そういう話は、彼は聞いたことが無い

らしい。


それもそうだろう。


旅を続けている小さなサーカス団、街の話

や土地の情報などは入って来るので意外に

名物などには詳しかったりする。


だが、他団体の話題はこのショーが人気だ

凄かった、といった話は入ってきても

流石に無数にあるイベント団体の内情まで

はわからない事が多い。

しかも、自分達が街へ来る前のイベントの

話など余計にわかるはずもなく。


わかるとすれば…


「ズィマさん、その辺りの情報に詳しい人

なら心当たりがありますよ。

広場を各イベント団体に貸す等の管理を

されている方がいましてね。

その方ならきっとそういう情報は聞いて

いるのでは?

まぁ…ちょっと独特な方ですが、悪い人

ではないですよ…多分…えぇ…

ただ、話していると疲れるだけで…」


「……はぁ」


ロウの言葉の濁し方に一抹の不安を覚え

ながら、紹介してもらった場所に向かう。


サーカスから程近くにその建物があった。


堅牢な外観、赤いレンガ造りで風格のある

建物はまるで魔術師ギルドか冒険者ギルド

の本部のようである。


ロウの話によると、そこは街のイベント

などの開催場所が重ならないように管理を

するだけでなく、周囲の警備やチケットの

販売等の代理に至るまで一手に引き受けて

いるとの事で、一目を置かれている組織だ

という。


ズィマはごくりと喉を鳴らし、重厚な扉を

押し開けた。


「すいません…あのぅ、今そこで公演して

いるサーカスの者ですが、団長から書類を

預かってきたのと、少しお伺いしたい事が

ありまして…担当者の方はいらっしゃい

ますか?」


「はい、今お呼びしますのでそちらの

ソファでお掛けになってお待ちください」


受付の女性は表情一つ変えずに淡々と

答える。


ズィマは肩身狭くキョロキョロと挙動不審

な様子で周囲を見渡しながらソファで

待っていると、階段から軽快なステップで

誰かが降りてくる気配が……


「わったくしがあぁぁぁイベント担当者

ぬおぉぉぉぉぉぉバルーンでぇぇぇござい

むわーーーす!」


「ぎゃあああぁぁぁぁ?!」


鮮やかな青いジャケット、赤いネクタイ、

黒いワイシャツに白黒のストライプの細身

のパンツ。

ロマンスグレーの長髪にシルクハットを

被り、瞳が見えない真っ黒なサングラス。

鼻の下にはカイゼル髭を蓄えた胡散臭いと

いう言葉が服を着て歩いているような人物

が杖を振り回して奇妙な動きをしながら

降りてきたのだ。


あまりの突拍子もない登場にズィマは

思わず大声で叫んでしまうのであった…


「チミィ、人の顔見て叫ぶなんて失礼

ではないかねえぇ?」


ソファで対面する二人。

カイゼル髭の端を指で弄びながらバルーン

と名乗った男は脚を組んでふんぞり返って

いた。


「いえ、こんな非常におかし…インパクト

のある方が担当者だとお伺いしていません

でしたので…つい」


言葉を濁しつつ、おずおずとズィマが

言えば即座にガバッと立ち上がり、両手を

広げてターンをした。


「ンッフッフ、さりげなく着こなしていて

も目立つ、それが真のファッション!

あぁ、わたくしの美的センスがコワイ…」


まるでミュージカル。

くねくねと落ち着きなく動き続ける体。


…色んな意味でコワイですとは流石に

言えず、ズィマは俯いて目を反らし

やり過ごす。


ロウの言っていた通り、疲れる人だ…

ここはさっさと話を聞いて帰るに限る。


「貴方に折り入って伺いたい事が…」


話をしようと身を乗り出したズィマの

目の前に人差し指を立てて言葉を静止

させるバルーン。


「チミィ…まず話を聞く前にロウ君からの

書面を頂こうじゃぁないか?

さしずめ、この間から起こっている事故と

今回の餌に毒物混入の件の報告書、そして

それに伴う、メイン演目の変更の申請書と

見たがぁ?」


ズィマは彼の言葉に目を見開いた。

彼の言う通り、確かに持ってきた書面は

正しくそれで。

だが、いくら近くで開催しているとはいえ

こんなに彼にすぐに情報が伝わる物なの

だろうか?


驚くズィマの様子が気に入ったのか、彼は

ニンマリと口角を片端上げ、機嫌良さげに

再びドカっと音を立ててソファへ座り、

ふんぞり返った。


「情報通のこのバルーン様がぁそんな事も

わからないとでもぉ?」


「セルディさんから聞いてましたよね」


後ろにひっくり返りそうな程仰け反る彼。


そこに先程受付で取り次いでくれた女性が

お茶を差し出しながら冷静且つ即座に

突っ込んだ。


バルーンは女性に情報源の種をバラされ、

仰け反ったまま動かない。


「セルディさんは実はこの組織の一員で

トラブルが起こりそうなイベント案件に

出向という形でスタッフとなって監視を

しているんですよ」


女性はバルーンを完全に無視する形で

ズィマへと話し掛ける。


「トラブル?」


眉をしかめてズィマが聞き返した瞬間、

鋭いツッコミから立ち直ったらしい

バルーンがガバッと起き上がる。


「あー、勘違いしないでほしいのだがぁ?

別にロウ君のサーカスだからトラブルに

なりそうとかじゃぁないのだよぉ?

ここ最近、イベント団体が飼っている

動物の変死がぁ、立て続けに起こっていて

だぁね? 調査の為にロウ君の許可も得て

出向しているのだよぉ」


動物の変死というのを聞いて、ズィマは

顔色を変えた。

やはりレヴァンの言う通り、犯人は…


「君のぉ用件もその事じゃぁないかい?」


ズィマの心を見透かすようにバルーンは

サングラスをずらしニヤリと笑って

見せる。


そしてロウからの書面を素早く一読すると

傍に控えていた女性に素早くいくつかの

指示を出しつつ書面を渡して、ズィマへと向き直る。


女性は浅く二人に一礼をして、ツカツカと

靴の音を立てて戻っていった。


「さぁて、待たせたねぇえ。

改めてチミの、聞きたいって言っていた

事を聞こうじゃぁないかぁ?」


両手を組んで彼は身体ごとズィマへと

近づいた。




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