episode5―22



「昨日まであんなに元気な様子でいたのに

急に何故…」


ロウは消沈した様子で呟いた。


目の前にはぐったりした二匹。

先程よりは症状は治まっているようだが

辛そうだ。


「何か変わったことは?」


ズィマが尋ねればロウはしばらく考えて

いたが、首をゆっくりと横に振る。


「いつも通りでした。

食事を与えて、おやつも食べて、そして

仕事の合間に様子を見に来たら…」


檻の前に座り込み、ロウは獅子達を優しく

撫でながら心配そうに見つめる。


ミリアの話では、取引相手に要求された

物は遅効性の毒…

犯人はそれを何らかの方法で少しずつ

獅子達に与えていき、許容量を越えた今

彼らにこの症状が出たのであろう。


だが、やはり目的が見えてこない。


サーカスを潰す目的で獅子達を狙ったの

なら、わざわざ遅効性の毒など使わずに

即効性の毒にすれば簡単な話だ。


それを何故手間も時間も掛かる遅効性の

毒を使ったのか?


そんな事をズィマが考えていると頭上に

居たレヴァンが彼の頭をポンポンと羽で

叩いた。


羽でロウを指し示し、入り口へ向かって

払うように動かす。

どうやら人払いをしてほしいらしい。


「ロウ団長、彼らの症状は今は治まって

いるようなので、一旦仕事に戻られては?

そろそろ忙しくなる時間でしょう?

ここは俺達が見ておきますし何かあれば

すぐに呼びますから」


ズィマの言葉にロウは何かを言いかける

が、言葉を飲み込み小さく頷く。


そして名残惜しそうに彼が立ち去ったのを

見計らい、レヴァンは人の姿に戻った。


「完全に毒の症状ですね。

神経毒を使われた時に、次も何らかの毒が

使われる可能性を考えてあれから解毒剤を

持ち歩いていましたが…正解でしたね」


獅子達の目や鼻、口元、爪、臭いなどを

確めたレヴァンは懐から茶色い小瓶を2つ

取り出して、獅子達へと与える。


獅子達も自分に危害を加えるものではない

と察したのか、なすがままになっていた。


「じゃあ、治るんだ?」


ズィマの表情が少しだけ和らぐ。


「遅効性の毒は体内に蓄積される物なので

体から排出されるまでに時間が掛かります

けど、安静にしておけば3日位で動ける

ようにはなりますよ」


3日か…


命に別状が無い事には胸を撫で下ろしつつ

も公演にはしばらくは出られないだろう。


あんなに練習して客を楽しませる努力を

してきたのにその努力は犯人の手によって

無駄にさせられた…


ロウの気持ちを思うと悔しくて悲しい。

ズィマはきゅぅと唇を噛み締める。


「起きてしまった事は仕方ないでしょう?

悲しむよりも早く解決させる方が大切だと

思いますよ」


レヴァンはズィマへ視線を向けることなく

淡々と獅子達の治療を続けながらそう

言い放つ。


ズィマはしばらく目を伏せ、そして

そうだねと呟き、レヴァンの隣へ座った。


毒自身の解毒剤は飲ませたが、彼らの消耗

した体力はまだ戻ってはいない。

レヴァンは手持ちの薬と携帯用道具で色々

それらを補う物を作っていた。


その横で獅子達を優しく撫でていたズィマ

は、ふと疑問を口にする。


「なんで即効性の毒じゃなく、遅効性の

毒を使ったんだろう?」


そうですね、とレヴァンは作業の手を止め

ズィマへと向き直った。


「遅効性の毒を使われる主な理由として

多いのは、犯人を特定されたくない場合や

少しずつ弱っていったと見せかけたい時に

使われる事が多いですね。

即効性だと、結果は手早く出ますがバレる

リスクは大きくなりますから…」


「そんな悪い事にしか使われないなら

遅効性の毒なんて存在を作り出さなければ

良かったのに…」


ズィマは唇を突き出し、不満そうに言う。


余程獅子達に毒が使われたことに腹が

立っているのだろう。


既に存在しているものを無かったら良い

のになどと子供のような理屈を述べる

素直な彼を見て、レヴァンは苦笑する。


「元々これは毒として作られたものでは

なく、昔は剥製や標本を作ったりする為に

使われていた薬なんですよ?


今は毒性が強いこの薬より、手軽に扱える

薬があるので殆ど使われませんけれど、

さっきも言ったように体内に蓄積する毒の

成分は、実は腐敗を防止する効能がある

ので死んだ動物に使えば、ほぼ永久に保存

する事ができるようになるんです。


博物館とかで昔の絶滅した動物を生きて

いた姿のまま見られるのもこの毒のおかげ

とも言えますね。


要は、使う人や使い方次第って事ですよ」


言い含めるようにレヴァンが優しく言えば

ズィマはぶすっと拗ねたようにソッポを

向いてしまった。

どうやら毒の存在を肯定するような答えは

求めていなかったようである。


レヴァンは再び作業に戻れば、ズィマも

獅子達を労るように再び撫で始める。


「なんで、毒なんて食べちゃったんだよ、

臭いとかでわからなかったのかい?」


優しい口調で獅子達へ話し掛けるズィマの

言葉を何気なく聞いていたレヴァンは、

何かを思い付いた様子でハッと顔を上げた。


「ねぇズィマ、この犯人は今回が初めて

の犯行じゃないかもしれない」


「…どういうこと?」


不意に話し掛けられた内容に、ズィマは

目を丸くする。


「君達、四つ足の獣は大概鼻がとても

利くだろう?

いつもと違う臭いがする物を出されれば

警戒して食べなくてもおかしくない。


それでも食べたということは犯人はそれを

食べさせるノウハウを持っていたのかも」


「じゃ、似た事が以前にもあったかも

しれない? でもこんな動物なんてこの街に

殆ど居ないし、確かロウはこの街に来てから

変な事が起きてるって言ってたから、以前に

同じような事件があったとは思えないけど」


ロウの言葉を思い出し、彼は頭を捻った。


「同じ所で犯行を重ねれば流石におかしい

と思われて疑われますよ。

そうじゃなく別の…例えば動物園だとか」


「別のイベント団体ってこと?」


「この街に来ているのは団長のサーカス

だけじゃ無いでしょう?


もしかしたらこの街で開催された動物関係

のイベントを調べていけば、犯人の目的が

わかるかもしれない…」


二人は顔を見合せ、頷いた。




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