episode5―20
『さて身動き取れなくなった所で団長を
狙った理由をそろそろ教えて頂きましょう
か? それから見張りの蝙蝠達の件も
伺いたい』
「さあ、なんの事か分からないわ」
頬を膨らませたズィマを無視し、レヴァン
は意地悪く問いかけるが、ミリアは一言
否定した後、口を引き締めて答えようと
しない。
「ねぇミリアさん、団長に何か恨みとか
あるの? 何か恨みとか買うような人じゃ
無いと思うんだけど…」
『素直に答えて頂けて、もう危害を加え
ないと誓って下さるなら、手荒な真似は
しませんよ。
もし、まだ危害を加えるつもりがある
なら身の保証は致しませんけどね』
またそういう風に言うし…とズィマは
諌めるが、レヴァンは気にも止めずに
話し掛ける。
『では取引はいかがでしょうか?
素直に話して頂けて、手を引くと言うの
なら、複合魔術を行うコツでもなんでも
貴女の望む魔術や知識を教えて差し上げて
も良いですよ?』
その言葉に彼女の眉がピクリと動く。
魔術師ギルド内では自分の開発した魔術に
よって、ギルド内の地位が決まる。
その為、新しい魔術を知ろうとする場合、
自ら調べるか、高い地位を得ている者へ
高額な金銭を渡して教えを請うしかない。
高度な魔術は金になる。
唯一無二の魔術なら尚更だ。
なのでコツなど他人に教えることなど殆ど
しないのが常識である。
それを、目の前の蝙蝠を連れた男はただ
同然で教えてくれると言うのだ。
こんな機会は殆ど無い。
「教える…ですって? ははっ、そんな
奇特な魔術師がこの世に居るわけ無い
じゃない。
複合魔術を一人で使うのは魔術師の夢、
その術があれば地位や名誉が…」
『だいたい、僕達はギルドに所属して
いませんから関係無いですし? それに
元々別に地位なんて興味無いんで』
ミリアは明らかに動揺した表情を見せる。
「ねぇ…、ねえ! 本当に知っている事を
言えば教えてくれるつもりなの?」
「…知っている事…? もしかしてロウに
危害を及ぼそうとしているのはミリアさん
じゃないの?」
おずおずとミリアは答えると、ズィマは
眉を潜めて聞き返す。
ミリアは観念したようにため息を一つ
落として、こくりと頷いた。
「私は調薬を頼まれただけなの。
調薬って言っても私は魔力が低くてロクな
ものが作れないから、初めて調薬でお金が
貰える事が嬉しくて作って渡したのよ。
だけど毒物ばかりで心配になって使い道を
聞いたら、人には使わないって…」
『頼まれた? 誰に? 僕達の所へ来た
理由は?』
立て続けに問い掛けるレヴァンの勢いに
圧され、ミリアが顔を曇らせる。
「相手はフード被っててくぐもった声で
話してたからよく分からないわ。
貴方の元に来たのは…その、どうせここに
魔術師が居ないことを良いことに複合魔術
なんて嘘ついて何か企んでいる悪い人かと
思って。
だから脅して大金奪うか、魔力でも奪う
つもりだったのよ。
まさか、こんなところに本物の大魔術師が
いるとは思わないじゃない…」
…はぁぁ…なんて事だ。
ズィマもレヴァンも同じようなため息を
ついた。
『ズィマ、足元の魔方陣をどこでも良い
ので踏み消してください』
レヴァンの指示にズィマが従い、魔方陣を
消せば、見えない拘束が解けたようで、
ミリアはホッとした顔でゆっくり立ち
上がる。
「ちゃんと教えたわよ! 貴方も…」
『無論、約束は守りますよ。
でも貴女のその魔力じゃ複合魔術は到底
無理そうですけど、それでも使えない魔術
のコツが聞きたいですか?』
「それは……」
複合魔術は高位魔術師でさえ成功したと
聞いたことがない。
ミリアごときが扱える物ならば、既に
何人も出来ていてもおかしくないのだ。
ミリアは項垂れた。
『…複合魔術じゃなく、非常に高いレベル
の調薬を貴女でも出来るようになる位、
自らの魔力を増幅させる魔術はいかが
でしょうか?』
「…そんな魔術が…あるの?」
ミリアは目を丸くする。
魔力不足でどれだけ学ぼうとしても実力が
伴わず、何度となく新薬研究を諦めたか
わからない。
魔力は彼女にとって他人の物を奪ってでも
欲しいものだった。
『えぇ、そちらの魔術の方が貴女も実用的
で現実的でしょう? 今は用意が無いので
明日にでも』
「本当に? 明日になってそんなこと
言いましたっけとかとぼけたりしない?」
ズイッとズィマとの距離を縮めて真剣な
表情で彼の胸倉を掴むミリア。
『心配しなくても僕達は約束はちゃんと
守りますって。
教える気が無いのなら、代替の案を貴女に
提案したりしませんよ』
ミリアはレヴァンの言葉にしばらく悩む
ような素振りをしていたが、やがて納得
したようにゆっくりズィマを掴んでいた
手を離した。
「…なんで貴方みたいな実力者がギルドに
入らないの? 貴方ならギルド内で一握り
しか居ない賢者位にすぐにでもなれる
でしょうに」
『煩わしいのが嫌なんですよ。
ですから、教えた魔術はもちろん貴女の
作り上げた魔術として発表してもいいので
僕達の事は内密でお願いしますね。
…もし、誰かに話せば貴女の魔力が完全に
無くなっても知りませんよ?』
蝙蝠の冷たい声色に、ミリアはゾクリと
体を震わせた。
「言わないわ…だって、貴方の魔術を私に
譲ってくれるんでしょ? 自分の立場を
わざわざ悪くする事なんてしないわ。
私みたいな魔力無い奴でも上位へ昇れる
って道筋をつけてやるんだから!」
握りこぶしを胸元でぎゅっと作り、瞳が
輝いているようにも見える。
そんなミリアを見て、レヴァンは優しく
微笑んだ気がした。
「ミリア、もう一つ聞いてもいい?
その依頼された毒って、何個つくったの」
ようやくわからない魔術の話が一段落した
と見たズィマはミリアに問い掛ける。
ミリアはふむ、と空を見上げて記憶を辿り
そしてズィマの方へと向き直って答えた。
「確か、7個…かしら。
即効性の毒が5つ、神経毒が1つ、遅効性の
毒が1つ…
うん、そうね、それだけかな」
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