episode5―19
………ふぅ。
ようやく変な緊張から解き放たれてズィマ
は、大きく深呼吸をする。
レヴァンが指示した場所での演技も一通り
終わり、ロウはいつもの仕事へと戻って
いった。
「あーもう、演技なんかこりごりだ」
ひらひらと呑気に頭上を舞うレヴァンへ
恨み言を言うかのように呟いた。
『なんやかんや言いながら、最後はかなり
慣れた様子で演じていたじゃないですか』
「疲れるからもう勘弁してくれよな」
積み上げてある木箱に腰を掛け、ズィマは
伸びをした。
レヴァンもそんなズィマの膝元へと降りて
きて羽を休める。
さっきロウに誉められたせいか、随分と
機嫌が良さそうである。
「でもさ、魔術の複合ってそんなに難しい
物なの? レヴァンはいつも組み合わせて
魔術使っているような気がするんだけど」
機嫌の良い今なら面倒臭がらず、色々と
教えてくれそうだな…と、伸びをしている
途中でいかにもふと思い出したかのように
ズィマはレヴァンへと問いかけた。
『魔術師は本来、調薬なら調薬だけ、戦闘
魔術なら戦闘魔術だけ、魔道具制作なら
魔道具制作だけと単独でしか扱えないん
ですよ』
「へー、…ん?
あれ、レヴァンは色々やってるよね?」
調薬の姿、戦闘術…一緒に旅をしている間
にレヴァンが色々とやっていた姿を思い
出す。
『だって、僕は人じゃありませんもの。
それでも知る限り、一人で全て賄える
複合魔術を扱える魔術師は僕くらいじゃ
ないですかね?』
フフンとどこか誇らしげにレヴァンは羽を
広げて見せる。
「それなら複数人でなら扱える?」
ズィマの素朴な疑問に、レヴァンは良い
質問だと言って笑った。
『例えば兄弟や血族等、魔力の質が似て
いる上でそれぞれの技能を持つ者が
いれば、組み合わせる事も可能ですね。
実際、生活面で普及している魔道具には
そうした家族経営で作られている物が
多いですよ。
言い方を変えれば、魔力の質が似ていない
者同士が例え友情、努力、根性を発揮して
頑張ったとしても媒体が無いので作れない
…って事です』
「ふぅん、夫婦間でも駄目ってこと?」
『その場合、子供の魔力をベースにすれば
どちらも合わせる事ができますから。
だからかはわかりませんが、調薬、魔道具
制作の夫婦は妙に子供が多いんですよ』
へぇー、と感心するズィマ。
長年生きてきているがまだまだ知らない事
が多くて面白い。
『もっとも、同一人物が作った混合魔術は
混じりっけ無しなので理論上は、威力が
半端なく強い物が出来上がります。
例えるなら、白が一番強い魔力だとして
白の絵の具をチューブから出してそこに
同じチューブから白を出しても色は変わり
ませんが、違う色を出すとどんなに白に
近い色でも変わってしまうでしょう?
そういうことです』
「なるほどなぁ」
ズィマがそう言いながらレヴァンの脚を
摘まみあげれば、レヴァンは羽ばたき
空へと舞い上がる。
『ですから一人混合魔術は一般の人には
あまりピンと来ないのですが、魔術師に
とっては垂涎の技能。
だから秘密を知りたくて、あわよくば
魔力を奪ってしまおうと…こうして相手も
のこのこやって来るという訳です』
彼等の前には一人の影。
ズィマはゆっくりと立ち上がり、目の前の
相手と対峙する。
「それって腹話術? それとも魔術?」
笑いを含んだ声が響く。
「ミリアさん…」
ズィマは目の前に来た人物の名前を
小さく呼んだ。
小柄な体で一生懸命背伸びして席の案内を
したり、チケットをもぎっていて、いつも
団員に可愛がられているような幼い面影は
今はどこにも見当たらない。
「貴方が調薬魔術師だなんて、到底想像も
つかないんだけどその蝙蝠が貴方の魔術で
話せるようになってるのなら技量は大した
ものね?」
人を馬鹿にしたような口調でズィマを挑発
するミリア。
『貴女の方こそ、愛らしい子供の振りを
していれば目立たないのに、化けの皮が
剥がれると途端に小じわが出るんですね?
正に“化けの皮”だ』
「蝙蝠の姿を借りて上手い事でも言って
いるつもり? 自分こそうだつの上がら
ない筋肉馬鹿っぽくて胡散臭い中年外見の
くせに」
「……えー……俺ェェ……?」
レヴァンも負けずに挑発するが、ズィマに
操られていると思っているミリアは激しく
憎悪の視線をズィマに投げかける。
ズィマにしてみれば、とんだとばっちり
である。
酷い言葉に傷付いた表情をレヴァンに
向けるが彼はミリアから視線を離さない。
『右のポケットに入れた丸い小瓶の中身を
全部足元の地面に垂らしてください』
レヴァンはズィマの頭の上へと止まり、
ぺちぺちと羽で彼の頭を叩きながら相手に
聞こえないように指示を出した。
ズィマは言われたとおりにポケットから
丸い小瓶を探りだし、蓋を開けて足元に
少しとろみのある青い液体を少しずつ
垂らしていく。
そして、レヴァンが羽を広げて何かを
小さく呟き始めるとその液体は白く輝き
ながらズィマを中心とした魔方陣を描き
始めた。
魔方陣はやがて大きく広がり、ミリアの
足元にまで広がっていく。
そして彼女を包み込むと、彼女の体は
電気を浴びたように一度大きく跳ねると
力尽きるようにガクリと膝を着いた。
「これが複合魔術の威力だっていうわけ?
…貴方、本当に何者なの?
魔術師ギルドに所属してもいないくせに
独学でどうしてそんな強力な…これじゃ
まるで…」
ミリアはズィマ達を見て、心底驚き呟く。
その顔には先程の軽口を叩いていた余裕は
無い。
「レヴァン…これってそんなに凄いの?」
あまりの彼女の驚きように、ズィマは声を
潜めて尋ねた。
『ズィマに解りやすく言うならば、普通に
誰でも作れるようなハンバーガーを、
わざわざ極上バンズと厳選特上パテに
差し替え、幻のチーズをトッピング、
国選シェフによる仕上げのソースを使った
最高級のハンバーガーを作り上げたって
感じでしょうか』
「……美味しそうな術」
『うん、ちょっと違います』
ズィマが口に溜まったよだれをすすり飲み
呟くと、レヴァンは即座にツッコミ返す。
『えっと、基本的にこれは相手の動きを
止めるだけの簡単な術なんです。
でもさっき言ったように両方僕が作って
ますから普通の人が使うより威力が大きく
動きだけじゃなく魔力とか魔術の効能まで
僕が術を解くまで封印出来るんですよ』
「ふぅん…でもなんでハンバーガーに
例えたの?」
ズィマの質問にレヴァンは少し考える。
『何となく、封印とかの魔術概念が理解
されないかと思いまして』
「…いや、それくらいわかるし」
ズィマは頬をぷぅと膨らませた。
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