episode5―18



「ズィマには大魔術師になって頂きます」


「…へ?」


ズィマの呆けた顔。

突然のレヴァンの言葉に目を丸くする。


魔術の才能が全く無いからズィマには魔術

を使うことができないと面と向かって

言っていた事のある本人から、魔術師に

なれといわれたのだから驚くのも当然で

ある。


しかも、よりによって“大”魔術師で

ある。


「俺が魔術師になれないって言ったのは

レヴァンじゃないか」


そういう返事が来ることを予想していた

らしいレヴァンは指を立てて横に振り、

ちっちっちっ…と舌を鳴らした。


「もちろん、本当に魔術師になれるとは

思っていませんよ。

ただ魔術師の振りをして頂きたいのです」


「振り…?」


訝しげに首を捻るズィマに構わず話を

続けるレヴァン。


「そもそも魔術師というのは生まれつき

素質が無ければなれない職業。

その為、優秀な人材確保の為に素質持つ

者は魔術師ギルドに強制的に所属させられ

能力や貢献度合いによって、細かくランク

管理されています。


その為、ある一定以上の地位を得るには

新しい魔術の開発やレポート提出が必要

なんですよ」


ズィマも冒険者ギルドに所属していて、

ギルドには様々な人々が居り、ちょっと

した有名人や実力者の名前は聞いたり

することはあっても、そこのギルドでは

そんなランク付け等は聞いたことがない。


魔術師ギルドの事はよく分からないが、

なんだか大変そうな組織だなぁとズィマは

相槌を打つ。


「古い魔術の毒しか使ってこないのは、

その製法に固執しているというよりも、

独創的な物を作り出したり調べたりする

のが苦手、もしくは開発する魔力不足だと

考えるべきでしょう。

…そうなると、簡単な物を作って使うしか

能の無い魔術師として見られ、ギルドでは

地位は低い物となる。


そんな能力低い魔術師が地位を上げようと

した場合、自ら血の滲むような努力を

するか…又は手っ取り早く非人道的な

手段で他人から魔力や技術を強引に奪うか

のどちらかになります」


レヴァンは掌を上に向け、ズィマの目の前

で何かを潰すかのようにぎゅっと握って

見せた。


「今では魔術師ギルドに所属する魔術師

同士の魔力狩りは禁忌とされていますが、

昔は地位を得る為に、他人の魔力を狩る…

なんて事はよくあった話。


ギルドに所属していれば他人に魔力を

奪われない効能のある指輪が支給されます

が、野良魔術師は持っていませんから

今でも何かと狙いやすい。


魔術師にとってはランクを上げるのが最も

誉れと言われていますから、普通の者が

使えないような複合魔術を使う野良魔術師

がもし目の前に現れたら…?


危険な毒を躊躇い無く使える残虐性を持つ

相手の事、狙いをズィマに定めるに違い

ありません」


「つまり、ロウから目を反らせる?」


ズィマが身を乗り出してレヴァンに聞く。


ロウから目を反らし、自分の方へ相手の

視線を向けることが出来れば、目的も

はっきりする為、相手の行動も少しは

読みやすくなる。


「相手の目的が恨みや復讐の類いなら

大魔術師が側に居る事で牽制になりますし

どちらにしても今の状況を打開する事が

できる案だとは思います」


ただ、この案には欠点があって…と言葉を

濁すレヴァン。


「相手が、ズィマが単に魔術師だと

相手が名乗ってもそれを信用してくれ

なければ、どうにもなりません。

信用される為に協力者が必要なんです」


「協力者…」


「この場合、多くの人々に影響力のある

人間…つまり団長に広めて貰うのが一番

なんですよ。

しかもできるだけ自然に、押し付ける様に

言うのではなく相手が興味を持って聞く

環境を作らないといけないんです」


「魔術を見せるの?」


ズィマは人差し指を立て、音楽の指揮者の

ように腕を振り始める。


そんな彼の姿が滑稽に見えたのだろうか、

レヴァンは顔を綻ばせて笑った。


「確かに見せるのが一番早いですが、

複合魔術が使える人物が居る事はできる

だけ関係無い人に広めたくは無いんです。

才能溢れるギルドトップに名を連ねる人間

でも未だに複合魔術を成功させた者は

いませんからね」


でも、どうやってそんな環境を作ると

いうのだろうか?


素直な疑問を尋ねれば、レヴァンは不敵な

顔をしてズィマに顔を寄せる。


「ズィマと団長に一芝居打って頂きたい。

人間の、秘密にされると知りたくなると

いう性質を利用するんですよ」



―――


――


「芝居を打ってくださいと言われた時は

どうなることかと思いましたが、どうして

なかなか面白い…」


流石はプロの舞台人らしく、人目を浴びて

演技する様は慣れたもの。


本番でも導入に小芝居入れるのも悪く

ないな等と呟きながら、どこか楽しそうに

歩くロウの傍ら、ズィマの足は重い。


嘘の付けないズィマにとって、初演技と

いうプレッシャーと、一回目で台詞を

忘れてしまったという失敗が重くのし

掛かっているようだった。


「大丈夫、大丈夫! フォローしたりする

のは慣れていますから気楽にしましょ?

次はどこでしたっけ?」


バシバシとズィマの背中を叩くロウ。

レヴァンに指示された場所での演技はまだ

残っている。


ズィマは逃げられない重圧に青い顔を

しながら大きなため息をついた。


「それにしても、ズィマさんの相棒さんは

大したブレーンですねぇ。

目的も正体も全く分からない相手を上手く

炙り出すのにこんな手を使うなんて普通は

すぐには思い付けませんよ」


ロウは唸るように感心する。


「そうですね、俺なんか後先考えずに行動

するから怒られてばかりなんですけどね」


「家出したのも彼に怒られて?」


「それは彼が俺のおやつを勝手に食べ…」


そこまで言って、ハッと気付く。

ロウは笑いを堪えられないといった様子で

口元を押さえていた。


「仲が良いんですね、羨ましいな。

今度連れてきて紹介してくださいよ?」


「あー…そうですね」


胸ポケットからピョコっと頭を出してる

のがその相棒ですとも言えないまま、

ズィマは乾いた笑いをロウへと返した。



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