episode5―17



ズィマは改めて自分の身に迫る危険性を

自覚して唇を噛んだ。


「僕ができる、ズィマにとって最良と

思われる提案は一つ。


団長には申し訳ないですが、ここから

すぐにでも去る事です。

正体が知れたら魔術師達はこぞって僕達を

狩りに来るかもしれない。


他人を守るのは、自分の身が安全な者が

行う行為てあって、自分の身が危うい者が

する事ではありません」


レヴァンの言葉に、ズィマは動揺の色を

隠せない。


彼の言いたい事は痛い程分かっている。

何度も言われてきた事なのだから。


それでも今までは曖昧に誤魔化しつつ、

のらりくらりやってこれたという節は

ある。


だが、今回ばかりは間近に危険が存在して

いる状況であり、猶予は無い。


それでも今ここで保身の為にサーカスを

去ってしまえば、ロウは正体も襲ってくる

理由さえわからない危険な相手と一人で

向き合う事になる。


けれど、このまま居れば自身の身だけでは

なくレヴァンも巻き込む恐れが強い…


俯き押し黙るズィマを見下ろすレヴァン。


いつまでも結論が出せないのを見て、

彼は大きくため息をついた。


「ズィマは優しすぎるんですよ」


レヴァンはズィマの肩へ手を乗せて彼に

自分の方へと顔を向けさせる。


「ズィマ、貴方一人なら間違いなく即決で

自分の身を顧みず、ロウを助ける事を

選んだでしょう?」


「……レヴァン」


彼は見つめ返し、素直に縦に首を振って

肯定した。


「意地悪を言ってみただけです。

貴方は大切な人を大事に思いすぎて自分を

蔑ろにしすぎる傾向がありますから、

その優しさが本当に良いものかどうかを

何度も考える習慣を持ってもらわないと」


そう言って、ズィマの額を指で弾く。


「最初から貴方がロウを見捨ててここから

去るなんていう提案を飲むとは、僕は

欠片も思ってませんよ、頑固者。


もし、去る選択肢を選んだ時は僕だけを

安全な所へ逃がしてから一人で片をつける

つもりじゃないかと疑っていた所です」


すっかり見抜かれている事に、ズィマは

口を尖らせるが全くもってその通りなので

反論できない。


「でも、どうすればいいのか…」


ロウを守りながら自分達の身も守る。

言葉にするのは簡単だが、実際に実行する

となると困難を極める。


相手の正体も目的もわからない状態では

全ての対応が後手に回る。

そして後手に回っている限り、ロウは

守れない。


ズィマは頭を抱え込んでしゃがみこんだ。


「…僕に案があります」


さらっと言われたレヴァンの言葉に飛び

上がるズィマ。


「え、でもさっきレヴァンができる提案は

一つしかないって…」


「最良の提案は、最も良い…という意味

ですから、元々一つしかありませんよ?

最良に拘らなければいくつか案が無い

訳ではありません。


言ったでしょう?意地悪を言った…って」


目を丸くするズィマを細く流すような目で

意地悪そうに見つめ、レヴァンは口の端を

持ち上げてニヤリと笑った―――



……



「…ズィマさん、その話本当ですか?」


ロウは心底驚いたように口を開く。


「ズィマさんが魔術師だったなんて!」


食堂の隅のテーブル。


人は練習や仕事、買い物等で出払って

いるらしく、室内は普段の食事時と比べる

と実に閑散としているのだが、やはり

何人かは食事をしたり寛いだりしている

中にズィマとロウは居た。


突然のズィマからの告白に驚きのあまり

立ち上がり、大きな声を上げた事に気付き

ロウは慌てて口を押さえる。


立ち上がったロウにしばらく静寂が広がり

周囲から視線が注がれていたが、やがて

興味を失ったのだろう…先程と同じように

賑やかな空気に戻った。


「えー…実は魔術師ギルドには所属して

いなくてー。

なので普段は公にしないですし広めたくは

ないのですが、やはり団長には知って

おいて頂きたいなと思いまして…」


覚えた台詞を言うかのように、棒読みで

話すズィマ。

そんな様子を気にせずにロウは感心した

ように言葉を続ける。


「魔術といえば、薬とか作ったり道具を

作ったりできるんですよね、どんな物を

作られるのですか?」


「あー、えっと…ここだけの話ですが

俺ができるのは複合型の魔術で…」


どんどん声が小さくなるズィマ。


あれ…なんだっけ…?


テーブルに俯き、掌に書いてある小さな

文字を読もうとするが、変な緊張をして

いるせいか、汗で滲んでしまっている。


な…なんだっけ…どうしよう?


「へぇ、それは凄い!調薬能力をベースに

魔方陣を使って複合で組み合わせて魔術を

使えるんですね?」


俯くズィマに少し顔を寄せたかと思うと

すぐに体を起こして、大振りな動作で

手を叩き感心して見せる。


「えっ、あぁ、はい。

えっと、舞台とかの幻想的な演出も…

時間頂ければなんかできるかなと…」


「それはそれは! ぜひ、サーカスにも

生かして頂けると助かります。

あぁ、でも秘密なんですよね!これは

ここだけの話にしときますね」


「あ…あぁ、ぜひ…」


「それじゃ、それについてはまた演出とか

考えて相談しましょう。

そろそろ仕事に戻りましょうか」


ロウが立ち上がり、慌ててズィマも立って

食堂を付いて出る。


しばらく歩き、人目の無くなった通路まで

来た所でロウがくるりと振り返り、ホッと

した様子でズィマに笑顔を向けた。


「あんな感じで良かったんですかね?」


ロウは袖口から折り畳まれた紙を広げて

中身を見れば、先程食堂でロウが言った

台詞が書いてある。


自然な言い回しや動きは、流石いつも舞台

に立っている人間であるという風格と余裕

を感じさせた。


それに比べて…


「すいません、台詞忘れちゃって…」


ズィマが恐縮して肩を竦めれば、ロウは

笑いながらそんな事もありますと慰めて

くれた。


「これで食いついてくれるといいですね」


ロウは振り向き、食堂の方面に視線を

やりながら小さく呟く。


“本当にこんな俺みたいな大根役者な演技

で相手が上手く引っ掛かるのかなぁ…?”


ズィマは心配そうに空を仰いだ……――



…ズィマはロウの協力を得る為に、彼には

今までの経緯を説明した。


この街でサーカスに雇われた者が怪しいと

睨み、見張りに蝙蝠を使っていたが全部

特殊な毒で屠られてしまった事。


相手と対峙した際、強い特殊な毒を使って

いたので同一犯人である可能性が非常に

高い事。


相手の正体や目的が未だに分からないので

一刻も早く先手を打つために、少し強引な

方法で炙り出す必要がある事。


そして、もう一人協力者が居る事も…



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