episode5―15



…………


……


「よーし、今度はこのトンネルをくぐって

向こう側に行くんだ! って、あああっ

寝転ぶんじゃなくてぇ…」


獅子達の楽しそうに駆け回る音やロウや

他の猛獣使い達の呼び掛ける声が舞台の

広場から響いている。


舞台を囲む客席や照明等のメンテナンスを

しながら話す団員達のご機嫌な笑い声も

あちこちから聞こえ、リラックスした

空気が辺りに漂っていた。


そんなテント内に響く楽しそうな声に

ズィマは少しだけ表情を緩ませた。



仕事場に向かう途中で戻ってきたレヴァン

に目標の団員を教えた後、与えられた

仕事を済ませ、今ようやくズィマは休憩

時間を迎えた所だった。


食堂で朝御飯として用意された野菜と肉の

サンドイッチをつまみながら舞台を

覗けば、ロウ達は獅子達と一緒になって

遊んでいてすっかり汗だくになっている。


ズィマは手に持っていたサンドイッチを

平らげてから、舞台に近い客席へと降りて

陣取ると、うーんと両腕を真上へ伸ばして

大きく息を吸った。


「あぁズィマさん、先程は手伝い有り難う

ございました!」


ズィマの存在を客席に見つけたロウは、

舞台の獅子達を他の団員に任せて、座席の

方へと息を弾ませパタパタと駆け寄って

くる。


「団長の周辺には特に何も変わりは

ありませんか?」


「ええ、あれから団員達に怪我防止の

安全習慣をつけようと相談して、マメに

全員でチェックしてますから」


彼の表情を見れば、すっきり明るく身に

危険があった様子はない。


団員全員がチェックしたり見回ることで

人の目を多くして、罠を仕掛ける為の

身動きを難しくするという対策はどうやら

功を奏しているようだった。


「念の為、見回りや注意は俺もして

おきますので団長も気は抜かないように

して下さいね」


「はい、お気遣い有り難うございます」


小さく微笑み、頭を下げると再びロウは

舞台に戻っていく。


そんな彼と入れ違いにヒラヒラとレヴァン

が蝙蝠姿でやって来てズィマの胸元に

べちょりとしがみついた。


『…眠いです』


「徹夜したんだ…」


レヴァンの頭を指でクリクリと撫でれば

ウットリと目を細めて今にも寝そうな

状態である。


『徹夜したのもありますが…魔力過剰から

魔力大量消費した…ものですから…』


「レヴァン、俺のポケットで少し寝る?

あ、でも逆さまにならないと寝れないん

だっけ?」


『…普通にも寝れますよ。

蝙蝠姿だと普通に寝ると…起きてすぐに

飛べないので…羽を動かせるよう…

逆さまに寝る…だけで…』


レヴァンは顔を上げ、ズィマをしばらく

見つめていたが、力尽きるように再び

ズィマの胸元に顔を擦り付ける。


どうやら眠さが限界らしい。


ズィマは口元に笑みを浮かべながら

そっとレヴァンの羽を畳んで自分の上着の

胸ポケットへと彼を入れた。


『…お願いですから…入れてるの忘れて

潰さないで…くださいよ?』


そう小さく声が聞こえたかと思うと、

すぐにポケットの中で丸まって寝息を

立て始めた。


蝙蝠の姿になってもどこか面影が残る

あどけない寝顔。


人の姿では眉を寄せたりため息をついて

いるイメージが強いレヴァンなのだが、

こういう無防備な状態だと何だか妙に

可愛らしく見えるから不思議である。


恐らく口に出すと、理不尽に怒られそうな

気がするので言わないが…


ズィマはポケットの口を軽く閉じ、座席の

背もたれに体を預けて、大きく深呼吸を

した。


にぎやかな笑い声。

何気無い会話。

胸ポケットの中には規則正しく刻まれる

小さな寝息…


舞台ではまだロウ達が獅子達と楽しそうに

いろんな道具を使って駆け回っていた。


何事もなく、平和な様相。


これが無事に千秋楽まで続いてくれると

サーカスの団員としての裏方の作業を

楽しく捌いて過ごせるのだが…


…そういう訳にも行かなさそうだ。


ズィマはトイレへ立つ振りをして、舞台の

裏へと進み、猛ダッシュでテントの外へと

回り込む。


舞台テントの柱の影に隠れながら舞台へ

視線を投げ掛ける人物が一人。


作業帽を目深に被り、体型の分かりにくい

服を着込んでおり、掃除用の手拭いを首に

巻いていると言う姿。


個性が強い人が多く、いろんな格好して

いる人がいるので咎められる事はないが

覗き見している様子はどうみても、舞台を

微笑ましく見ている訳ではなさそうで

ある。


「おい、そんな所でこそこそ隠れずに

堂々と入って見たらどうだ?」


死角から声をかければ相手は大層驚いた

様子で肩を震わせ、振り向き様にナイフを

振りかざしてきた。


「…っぶねぇーな!」


刃の届く寸前で上手く避けたものの、

胸ポケットにでも掠めれば一大事である。


よっ、はっ、ほっ…


そんな気の抜けた掛け声を上げて挑発

しながら、相手から連続で繰り出される

ナイフを体を左右に揺らして交わしつつ、

舞台のテントから少しずつ離れるように

誘導していく。


そしてある程度広い場所に来て周囲に誰も

いないのを確認すると、ズィマは即座に

間合いを縮めて手首に手刀を入れ、相手が

持っていたナイフを叩き落とした。


カラカラと音を立ててナイフは回転し

ながらズィマの後ろへと転がっていく。

ナイフとそれを拾おうとする相手との間に

ズィマは割り込み、動きを止めた。


「アンタの目的は何だ?

なんでこんな執拗にロウ団長を狙うんだ」


ズィマの問いかけに、相手は構えていた

のを解き、ズィマを帽子の鍔越しに見据え

くぐもった声を洩らした。


体を上下に揺らしながら切れ切れに洩れ

聞こえる、声を無理矢理押し殺した音。


……笑って…いるのか?


「……っ!」


そう思った瞬間、相手はポケットから小瓶

を取りだしズィマの足元へ投げつけた。


勢いよく地面に叩きつけられた小瓶は軽快

な破裂音をあげて割れ、その中に入って

いた液体が空気に触れると白い煙となって

立ち上る。

強い刺激臭が立ち込め、後退りするが煙は

ズィマを追うかのように迫ってくる。


「……なんだこれ…っ?」


『息止めて風上へ!』


反射的に声の指示に従い風上へ身を翻す。


もうもうと立ち上っていた煙は液体が蒸発

すると共に少なくなっていき、やがて

何事もなかったような静寂が訪れた。


周りを見渡すが、小瓶を投げつけた相手は

既にこの場を去ってしまったようである。


この割れた小瓶だけを残して……




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る