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 最初の時宗樹は、わたしの肩を軽く抱くだけで、人ごみの中をすいすい移動してたけど。


 大好き同士って判った今は、もう少しだけ近くに寄り添って歩く。


 わたしの大嫌いな人ごみも、宗樹の腕の中ってだけで、すごく安心だ。


 きゃ~~ なんか恥ずかしい~~ 嬉しいけれど!


 そう思いながら今日も混んでる電車の中、連結器の近くで宗樹に守られ、幸せのため息をついた時だった。


 宗樹が、そっとわたしの耳元でささやいた。


「理紗、好き、だぜ?」


「わたしも~~」


 大好きって、言葉を続けるわたしに、宗樹がそっと息をついた。


「……良かった。理紗も同じ気持ちで」


 わたしが、うんってうなづくと、宗樹は少しだけ堅い声をだした。


「それなら、ちょっと聞いていいか?」


 どうしたの? って見るあげると、宗樹は真面目な顔をしてる。


「……なんで、毎日一人でガッコ行こうとするんだよ?

 今日だって、駅で俺を待ってた~~って感じじゃなかったよな?

 もし、理紗が人ごみが苦手じゃ無かったら、一人でとっくに電車に乗ってたろ?

 なぜだ?」


 実は俺のコトがキライになった……ってわけではないんだろ?


 なんて、まっすぐに見つめられて……一瞬言葉に詰まる。


 う……うんと……


 ごまかせない雰囲気に、わたしは、目を伏せた。


「本当は宗樹に執事の真似事……してもらいたくなかったから……かな?」


 うん。


『宗樹は執事じゃない』って神無崎さんにも、爺にも散々言ってたのに、結局。


 わたし、宗樹に自分のスケジュールを全~部、任せちゃったんだよね。


 しかも、宗樹は部活に行く時間になると、こっそりメールでドコに行ったらいいのかまで、伝えてくれるし。


 各部との事前の打ち合わせもしっかり済んでて、わたし本当に部活に行くだけで、なにもしなくて良い。


 宗樹は、すっかり完璧な執事さんをやっているって言うのに、わたしはここの所の絶不調で、何にも宗樹に返せて無いんだ。


「それにCards soldierのバンド活動や、生徒会執行部のお仕事で忙しい所。

 ウチの運転手さんがわりみたいに、わたしの通学の面倒をこれ以上、見てもらったら……なんか悪い気がして」


 公立高へ入ったのは、自分のコトは、なるべく自分でやりたいっていう思いもあったんだ。


 だって、それは、皆がフツーにやっていることだし……


 そう言って、宗樹を見上げれば、彼は、ふっ……と笑って、わたしをぎゅっと抱きしめた。


「俺は西園寺の執事じゃねぇよ。

 理紗が好きだから、自分の出来ることを手伝っているだけだって、前にも言ったろ?

 理紗は、こんなにヒトの多い所、苦手なんだから無理をせず、もっと俺を頼ってくれ。

 全然負担じゃないから。

 それどころか、俺はこの通学時間、理紗と一番長く……近く。

 二人きりでいられる時間が、とても好きなんだ」


「宗樹」


「それに、もし。

 俺が、スケジュール管理を辞めて、理紗がどこの部活にも所属しなかったら、また騒ぎになるかもしれねぇぜ?」


「……そうだね」


 沢山のヒトに囲まれて、身動きが取れないのは、本当に勘弁して欲しい。


 前の騒ぎを思い出し、震えた所で、電車は私鉄への乗り換え駅につき……ここは空いているのに、宗樹はわたしを抱きしめたままでいてくれた。


 そして、思いきったように、ささやく。


「……どうする?

 ダイヤモンド・キングの神無崎裕也の誘いに乗って、理紗もCards soldierのメンバーに入らないか?

 そうすれば、部活動の中では、理紗を諦める所も出てくるだろうし、俺も、もっと理紗に近づける」


 井上さんと、蔵人さんと、神無崎さんには、話したけれど、他の学校のヒトには、わたしと宗樹のことは内緒だ。


 わたしが時々音楽準備室に出入りしたり、宗樹がごくたまにわたしの教室まで来るのは、あくまで部活動の調整っていうことになってる。


 だから、学校で二人きりでいるのは難しく。


 ヒトがほとんど乗り降りしない君去津駅までは、一緒に通学出来ても、それから先、学校までは別々に通わなくちゃいけないほどなんだ。


 でもCards soldier(カーズソルジャー)か……


 宗樹もクローバー・ジャックって言う名前で所属しているこのバンドは、君去津で一番の人気者だ。


 ここで蔵人さんも加わる、って発表したので、君去津高ナンバー1、2、3位のイケメンが三人ともまとめて所属することになった。


 今までのCards soldierはマネージャー以外助っ人も含めて、女のコは誰も所属したことが無いんだ。


 わたしが入ったら、また別の感じで大騒ぎになるに違いない。


 Cards soldierの方だって。


 わたしがバンドに入るって言えば、そうか、仕方がないね、って諦める所ばかりじゃないと思う。


『皆のモノ』になるようにわたしを生徒会預かりにしたんじゃなく。


 結局、自分のバンドで一人占めしたかったんじゃないの!? ずるいよ。って言われちゃうかもしれない。


 それに、何よりCards soldierに限らずバンド演奏って、大勢のヒトの前で、やるじゃない。


 わたしが苦手な、ひと混み……沢山のヒトの前で、ちゃんとした演奏が出来るかだって謎だった。

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